12/03 時事問題予想その2――ドイツ与党交代
[今日のタイトル]
昨日一昨日で一通り教皇についてさらったわけだが(覚えたかはどうか別にして)ピウス11世の項で「ライヒスコンコルダート」について触れた。
普通に受験世界史範囲外なので、今日はその話をしてから本題へ移る。
時はドイツ革命――哀れにも賭けに失敗した皇帝がオランダへ亡命したころ――にさかのぼる。
SPD(ドイツ社会民主党)副党首のシャイデマンが「ドイツ共和国」を宣言し、それが既成事実化したことにより、ドイツ帝国政府は消滅した。
これにより、帝国時代に締結したコンコルダート――世俗権力とカトリック教会が結ぶ協約のこと――はすべて効力を失った。
まだ若き主権国家であるバチカン側はヴァイマル政府に再三再四協約の締結を要請したが、却下され続けた。
しかし、例のちょび髭が台頭し始めるとその姿勢は急転換、180度回転する。
1933年、ヒンデンブルク大統領の名で「ライヒスコンコルダート」は成立した。
理由については諸説あるが、国家社会主義に懐疑的(ムッソのローマ進軍をパクったミュンヘン一揆が行われたのも南部バイエルン州。なお失敗した)な南部を懐柔するため、と言われている。
戦後なぜか廃止されず(クラヨーヴァ協定とかもそう)現在も有効である。
ライヒスコンコルダート32条に「聖座は、聖職者や修道者が政党に所属したり、「そのような政党のために活動」することを禁じる規定を定めている――Der Heilige Stuhl erlässt Bestimmungen, die für die Geistlichen und Ordensleute die Mitgliedschaft in politischen Parteien und „Tätigkeit für solche Parteien“ ausschließen. (ドイツ語wikiより)」とあるように、バチカンはカトリック政党――当時で言う中央党、バイエルン人民党――を見捨て、ドイツ国内の非政治的なカトリック――教会や、教徒そのもの――の保護を優先したと思われる。
そんな中央党は、戦後CDU(キリスト教民主同盟)として再編された。これが現在のドイツでの与党である。
本題へ移る。
ヴァイマル共和制
・エーベルト(SPD)――ヴァイマル共和制初代大統領
・ヒンデンブルク(所属政党なし、強いて挙げるなら帝政派)――ヴァイマル共和制2代目大統領
・シュトレーゼマン(ドイツ人民党)――フランスのブリアンと共にロカルノ条約締結(ラインラント進駐の際破棄される)、恐慌対策でレンテンマルク発行
例のちょび髭
ドイツ連邦共和国
・アデナウアー(CDU)――マーシャル=プラン受け入れ、再軍備・NATO加盟、シューマン=プラン受け入れ→ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)結成、独仏友好条約(ちなみに6年前にアーヘン条約として更新された)締結
・キージンガー(CDU)――大連立により政権を維持するも、スチューデントパワーに倒された。
・ブラント(SPD)――「東方外交」で知られる。西ドイツ=ポーランド国交正常化条約でオーデル=ナイセ線承認、他にもソ連=西ドイツ武力不行使条約や東西ドイツ基本条約を締結し、デタントを引き起こした。
・コール(CDU)――新自由主義的政策を実施、東西ドイツ統一、ボスニア内戦でクロアチア側支援
・シュレーダー(SPD)――原子力発電所の全廃(これのせいでロシアのパイプラインに依存せざるを得なくなったとも言える)、コソボ紛争では空爆するも、イラク戦争には不介入。
・メルケル(CDU)――難民政策で批判されるも、概ね評価は良い。
この後の流れは、ショルツ(SPD)→メルツ(CDU)となる。




