12/02 時事問題予想その1②――教皇選挙
一応日記らしいこともここでしておく。
ビリヤニがテレビでちょうど取り上げられていた。
「野原ひろし 昼メシの流儀」で登場したときにもそうだったのだが、どうにもその単語に既視感があった。
友人にそのことを話したら、既視感の正体はCreepy Nutsの「ビリケン」じゃないかと言われた。
なぜそうだと思ったのか、しかもなぜ通天閣にある方のビリケンじゃなくて、わざわざ曲の方を思い浮かべたのか、と聞いた。
友人曰く、「お前が早口で『ビリヤニビリヤニ』言うからそうとしか聞こえなかった」とのこと。
......。
昨日の続き
・クレメンス5世◎
アヴィニョン捕囚の際の教皇。フィリップ4世の影響下でヴィエンヌ公会議を開き、テンプル騎士団の解散を決定した。
・ヨハネス22世
ウィリアム=オブ=オッカムにとやかく言われた教皇。あんまり重要じゃないと思う。
・ウルバヌス5世
アレクサンドリア十字軍とサヴォイア十字軍の時の教皇。
・大シスマ(西方教会分裂)
神聖ローマ皇帝ジギスムントが開いたコンスタンツ公会議にて、終結が確認される。ローマの教皇グレゴリウス12世は自主的に退位し、ピサの教皇ヨハネス23世は廃位され、アヴィニョンの教皇ベネティクトゥス13世は破門された。
最後に、新しくマルティヌス5世が即位した。
・マルティヌス5世
コジモ=デ=メディチが招集したフィレンツェ公会議の時の教皇。その結果ギリシアの思想が西欧に流入する。フス戦争のきっかけにもなった。
・シクストゥス4世
システィーナ礼拝堂の元ネタ。初期ルネサンスを支えた。
スペインでの改宗ユダヤ人に対しての異端審問を許可した。
・アレクサンデル6世
イタリア統一を夢見たチェーザレ=ボルジアの父(聖職者の妻帯禁止って何だったんだよ)。教皇子午線を定めた。
・ユリウス2世◎
イタリア戦争期の教皇。アメリカ大陸をスペインとポルトガルで二分割するトルデシリャス条約を定めた。第5ラテラノ公会議を開いたが、さしたる成果は無かった。
バチカン美術館の設立、サンピエトロ大聖堂の再建を行った。また、スイス衛兵が設置されたのもこの頃。
・レオ10世◎
前代がお金を使い過ぎたせいで免罪符を発行することにしたが、ルターにキレられて宗教改革が始まった。ボローニャ・コンコルダートをフランソワ1世と結んだことで、ガニカリスムが実現した。
・クレメンス7世
カール5世によるローマ劫掠の時の教皇。これによりイタリア=ルネサンスは終焉を迎えた。
・パウルス3世◎
第一期トレント公会議を開催。(カール5世がシュマルカルデン戦争に対処していた時期)禁書目録を始めて刊行した。またミケランジェロに最後の審判を書かせた。
・ユリウス3世
第二期トレント公会議を開催。
・ピウス4世
第三期トレント公会議を開催。
・ピウス5世
英国国教会の元首たるエリザベス1世を破門した。またレヴァントの海戦の時の教皇。
・グレゴリウス13世
グレゴリオ暦を制定。彼が初めて無原罪懐胎の概念を公認した。
・グレゴリウス15世
こんなの出していいわけがないだろシリーズ第四弾。教皇選挙での秘密投票を定めた。
・クレメンス9世
南ネーデルラント継承戦争(ルイ14世が起こした初めての侵略戦争)の講和条約であるアーヘンの和約を調停した。
・インノケンティウス11世
大トルコ戦争に際しての神聖同盟を発足させた。
・クレメンス11世
清での典礼問題の時の教皇。
・ベネティクトゥス14世
トマス=アクィナスの説をやっと受け入れた。400年後のことである。
・ピウス7世
ナポレオン1世の即位式に参列し、彼と1801年コンコルダートを結んだ。
・ピウス9世
写真に写った最初の教皇――ということはどうでもいい。
第1回バチカン公会議で教皇不可謬説を採用。イタリア王国により、教皇領が消滅する。
・ピウス11世
イタリア・ファシスト政権とラテラノ条約を結び、バチカン市国が成立。
ライヒスコンコルダートをドイツ国と締結した。
・ヨハネス23世
第2バチカン公会議を開いた。
・パウルス6世
第2回バチカン公会議を閉会し、教会の現代化に努めた。
東方正教会との相互破門が解除された。
・ヨハネ・パウロ1世
触れすぎるとディープ・ステートに消される教皇。
・ヨハネ・パウロ2世
ルーテル世界連盟と合名で「義認の教理に関する共同宣言」を発表した。
・レオ14世(現教皇)
聖アウグスチノ修道会(托鉢修道会、1244年にインノケンティウス4世により承認)で初めての教皇。
昨日取り上げなかった教皇の中で、おそらく一番フォルモススが面白いのではないでしょうか。
彼は死後、死体を掘り起こされ、「死体裁判」にかけられました。
なんやかんやで彼の名誉は回復され、死者を裁くことは禁じられた、みたいな記述を見つけましたが、死後異端宣告されて灰になったウィクリフはどういう論理でそうなったのでしょう。




