10/20 Douchi Restration...
[今日のタイトル]
アニメ「神無月の巫女」の挿入歌「Suppuration -core-」を最近聴いた。
イヤホンを付ければ、特徴的なイントロと共に、「flow out oozy suppuration... I can't get out inundation...」と繰り返し聞こえてくる。
もちろん自分にはこの歌詞を聞き取るほどの英語力がないので、引用部分はネットで拾ってきた。実際に聞いてきた時は「...tion... ..tion... ...tion...」くらいしか聞こえなかったと思う。
そして自分はこの曲を無限にリピートして無理矢理やる気を奮い立たせた後、英文を読み始めた。
そうするとあら不思議。「-tion」という単語が出てくる度に、頭の中であのイントロが鳴り響くようになってしまった。
集中できないので、世界史の勉強をしようとした。が、ちょうど中国史をやっていたせいか、「Douchi Restration...」と鳴り響き始めた。
話は変わるが、ここで自分が言っている「Douchi Restration」とは「同治の中興」のことである。(正しくはTongzhi Restorationなのだが、そんな読みを覚えているはずもなし)
この時期に「洋務運動」という改革が行われていたのだが、それなのに「Restration」つまりは復古と表現されている。それが印象に残ったのか分からないが、必要は一切ないのに、今でも忘れられないでいる。
明治維新が「Meiji Restration」と呼ばれるのは納得できる。王政「復古」の大号令とかあるし。
[世界史小噺]
今日のタイトルで正直お腹いっぱいな気もするが、今日の口というか筆は中華の気分なのだ。
パソコンを眺めていると、とあるネット記事を見つけた。
独裁者列伝、とかいうシリーズものの記事で、自分が見た回は始皇帝だった。
焚書坑儒について書かれていたな、くらいの記憶しかないのだが、ここで疑問が湧いて来る。
「皇帝に『列伝』?」
中国で書かれた歴史書は紀伝体を取っているものがある。というか高校の範囲で習うものならほとんどがそうだろう。例外が資治通鑑くらいしか思いつかなかった。
そんな紀伝体において、皇帝の記録は「本記」、臣下の記録は「列伝」とされる。
だから始皇帝を「列伝」で説明することはおかしいことになる。
だけども、始皇帝の回だけ「独裁者本記」にしたらそれはそれで違和感があるし、中華の皇帝は独裁者の方が多い。そもそもネット記事は紀伝体の歴史書ではない。
じゃあ、「独裁者列伝」でいっか......というのが今のところの結論。
同治中興の話をしていた時にふと、脳裏に浮かんだことがありました。
忘れてもいいよ なんて言葉さえも
風がかき消しちゃうなら......
これ以上は曲に失礼ですね。




