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第32話 正気

(たこ)?」


 予想外の単語に、思わず怪訝な表情を返してしまう。そんな反応は予想済みだったのだろう。紗和は狼狽えること無く、もう一度繰り返した。


「蛸です。あの子と作った砂の城の側には一匹の蛸がいて、あの子はいなかった。先生、私……」


 紗和の声以外の音が、急速に遠ざかっていった。意識が猛烈に何かに吸い寄せされた時、こんなふうに他のものを()()()()にするのだということを、後藤は思い知ったのだった。


「もう彼がどんな人だったのか、どんな顔でどのくらいの背丈だったのかすら、思い出せないんです。私はずっと、蛸といた。大きな、大きな蛸です。初めて出会った時から少しずつ成長して、つい最近一緒にいた時は、とても巨大な大蛸だったんです」


 ベッドから身を乗り出して紗和は、後藤の腕をつかんでいた。


「私、砂の城の中で、ずっと蛸と暮らしていたんですよ」


 瞳孔が開いていた。後藤はふと紗和から視線を外し、健人の顔を見た。そこには何も感情は浮かんでいないようだった。ただ彼は紗和がベッドから前のめりに落ちないように、彼女の肩を支えていた。


「先生。なぜ私は帰ってこれたと思います? もうある程度思いは遂げられたから、いいんですって。おまけに地球の上ではもうすぐ寿命だから、私に触れることができる肉体(媒体)は消滅してしまう。だから帰してあげるって。今一緒に連れて行くには殺さないといけないけど、情が移りすぎた。無理だから、いずれまた、私のこの肉体が自然に朽ちた時――迎えにくるんですって。それまでは健人と共に生きよって……健人を介して意識は共にあるから……って」


 すらすらと述べた紗和の声は、楽しげだった。表情は狂気に満ちていたが、目線が泳ぐことなく、まっすぐに後藤を見ていた。

 彼女は嬉しそうだった。


「私は、なぜあんなに怖がっていたんでしょうね。過去の自分が信じられない。もっと早く受け入れていれば良かった」


 驚異の表情を浮かべていただろうか。後藤はポーカーフェイスの作り方を忘れていた。


「私、幸せだったんです」

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