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第31話 告白

「先生」


 沈黙を破ったのは紗和だった。


「刑事さんにも、お医者さんにも嘘はついてません。ちゃんと説明できることを全て話しました。でも……でも、私が真実だと感じた全ては、言えなかった」


 ベッドから見上げてくる紗和の目は真剣で、しっかりと焦点が合っている。後藤は確信した。失踪前に研究室で会っていたあの頃よりも、今の彼女の方が思考は明瞭なのだろう。


「僕には話せそうかな?」

「はい」


 パイプ椅子をベッドへと近づけて、後藤はそこに腰を下ろした。きっと話は長くなるだろう。


「僕も今日間宮さんに会ったら、まず聞きたいことがあったんだ」

「何でしょう」


 肩に置かれた健人の手に、無意識に紗和の手が重なった。


「時間旅行先に、彼は相変わらずやってきてるのかな?」


 予想通りの質問である。

紗和の表情は穏やかなまま変わらず、視線がぼんやりと歪むこともなかった。ただ健人の手に重ねられた彼女の指に、少しだけ力が入った。


「いなかったはずの旅行先には、もうやってきません。彼が本当にいた旅先にだけ……本来いるはずの場所にだけ、いるんです」

「それは間宮さんが失踪していた一年間、彼と一緒にいたということだろうか」

「そうです。私はあの子と一緒に過ごしました」

「確実に共に過ごした記憶の中にだけ、彼は存在しているということだね」

「はい」

「それ以外の、本来いないはずの過去には……?」

「いません。もう出てきません」

「彼と初めて出会った、小学生の時の過去には?」


 後藤のこの質問に、紗和は僅かに目を見開いた。開かれた口から、すぐには言葉は出てこない。


「紗和」


 健人は紗和の肩に置いた指先に力を込めた。見上げてきた彼女の目が揺れたことを察して、「無理するな」と一言告げたが、紗和は首を振った。


「間宮さん、言いたくないことは無理強いしない。話せることだけで構わないんだよ」


 後藤の言葉にも、紗和は首を振った。


「いえ。いえ、大丈夫です。私は話したい……ただ、なぜこんな風に記憶しているのか分からなくて……混乱していて」


 彷徨った紗和の視線は、窓の外に定まっていた。二階の窓の先に見えるのは、夏の空と病院の駐車場ばかりだが、もっと階を上がれば、その方角には海が見えるはずである。


「あの子に最初に出会った過去の砂浜にいるのは、もうあの男の子ではないんです」

「あの子ではない? 間宮さんと彼が出会った地点から、彼が消えたということ? 弟さんが溺れかけたあの日の浜で、一緒に砂の城を作った少年がいなくなっているということかな」

「いえ、いなくなっているのではなくて、あの子の姿ではないんです。男の子ではなくて……先生、ごめんなさい。少し訂正します。最初の記憶だけじゃないんです。彼は……彼は、もう彼として出てこない」


 紗和の言葉選びが気になって、後藤はゴクリと唾を飲み込んでいた。彼女は決定的な一つの名称を、言いあぐねているようだった。


 耳の内に、テトラポットに打ち付けられる波の音が聞こえた気がした。窓で締め切られ、この場に届く外界の音といえば、隣室のテレビばかりのはずなのに。


(たこ)なんです」


 紗和の声は澄んでいて高い。綺麗な発音で述べられた名詞は、聞き間違えるはずもなく、後藤の耳に確かな音となって届いていた。

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