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第1話 お手軽時間旅行

 紗和さわには、少し変わった趣味がある。

『お手軽時間旅行』と称したその趣味は、文字通りに超お手軽なものである。


 何しろ、特別な道具はいらない。

チケットや切符の手配もいらないし、天気予報にヤキモキすることもない。

着替えと洗面用具をスーツケースに詰める手間もいらない。

前もって予定をあけておく必要すらない。


 ちょっとだけ暇な時間があればいい。一時間とはいわない。五分もあれば十分過ぎるほどだ。


 頭の中で、記憶のトビラを開く。

ただそれだけ。


 何年前の記憶でも構わないが、一日前や一週間前、一年前くらいの直近の記憶ではあまり面白みはない。

 古ければ古いほど、この旅行の醍醐味を感じられるのだ。


――そうだな。今日はあの図書館へ行こう


 目は閉じなくても良いのだが、視界は暗くなったほうが、より旅行に集中できる。


 バイト先の休憩室のパイプ椅子の上で、紗和は瞼を下ろした。


 内側に見えてきたのは、幼い頃に住んでいた町の風景。母親が漕ぐ自転車の後ろで、風を受けている自分を感じた。


 天気は晴れ。セミの鳴き声が聞こえた。


自転車から抱き上げられ、母親に手を引かれながら大きな自動ドアをくぐる。振り返ると、市民図書館前の広大な広場が目に入った。


 薄暗い中央玄関の中から見ると、日陰のない真夏の広場は酷く眩しい。広場の中央で、ブロンズの母子像と目が合った。


――そうそう。あの絵本


 児童書の書架の隣に、幼児向けの絵本コーナーがある。背の低い小さい子供でも選びやすいように、小さな書架がぐるりと並ぶ一角である。あいうえお順に並んだ大きさがバラバラの絵本の中から、お目当ての一冊を見つけることに、紗和はすっかり慣れていた。


――家にもあるのに、毎回これを借りてたな


『またこれ? おうちにもあるじゃない』


 呆れながら笑う、母の声が聞こえた。


『仕方ないわねえ』


 貸出カウンターを後にした母の背中を追いかけるように、出口へと向かう。

 薄暗い渡り廊下の窓から、真昼の陽光が差し込んでくる。屋内は冷房が効いていて、埃っぽい臭いがした。


 窓の外に、母子像の黒い背中が見えた。

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