真葵と猫と小犬丸(3)
「なんだ。お嬢ちゃんは金が欲しいのか?」
暗殺部隊を率いる繋ぐ者が尋ねてきたけど……
「……何を食べても味がしなくて……もしかしたら高級な物を食べれば味がするかもって思ったの。でもおじいちゃんが連れて行ってくれた高級焼き肉も味はしなかったよ……」
「そうか。金か……お嬢ちゃんは完全体の駿河様だ。里にある埋蔵金を全て使っても誰も文句は言わないぞ」
「埋蔵金を全部!? ……でも……パパが『普通の人間はきちんと働いてお金を稼ぐ』って……」
「どうしてそんなに普通の人間にこだわる? もう完全体の駿河様だと知られたんだ。普通の人間の振りをする必要はないだろ?」
「……うーん。ずっとそうやって生きてきたから……かな?」
「……本来のお嬢ちゃんに戻ればいい」
「……ダメだよ」
「どうして?」
「分かっているんでしょ?」
「……何を?」
「完全体の駿河は人間を殺したくて仕方ないって」
「……どうして俺が知っていると思うんだ?」
「私は他人の心を聞かない。普通の人間だから……でもあなたは違う。息を吸うように他人の心を聞いてそれを隠さずにいる」
「……まぁ、そうだな。聞こえるのに聞こえない振りをするのは面倒だろ? (ちっ……盗み聞きか……)」
「……え?」
「(丸々太ったネズミが襖の向こうにいる……)」
丸々太ったネズミ?
最近モモちゃんは太ったけど……
ここにいるから違うよね。
あ……
もしかしておじさんの事?
おじさんが盗み聞きしているの?
全然気配を感じないけど……
私にそれを話したのは、会話に気をつけて欲しいから?
「……あなたが泊まったのは私の心の蓋を開ける為……違うね。確かめたかったんでしょ? 『あなた以外が知らない事』を私が知っているのかを……」
こういう話し方でいいのかな?
「俺以外が知らない事? ……それは……なんだ?」
「……あなたが話さないなら、私も話さない」
おじさんが聞いているみたいだし、この話はできないよ。
「……俺は面倒なのは嫌いだ。嘘をつくのも煩わしいからな。今はまだ……本物の完全体の駿河様じゃないだろ?」
「……『今はまだ』?」
「……お嬢ちゃんには、本物の完全体の駿河様が何か分かるか?」
「……私を試しているの?」
「……お嬢ちゃんの心は作られたものだ。他の奴は騙せても俺は騙せない。お嬢ちゃんは周りから『完全体の駿河様』と呼ばれているがそれは違う」
『それは違う』……か。
会話の中で、私が真実を知っているか確認しているみたいだ。
「……パパと約束したから私は嘘をつけない。演じる事はするけどね。尋ねればいいよ。全て真実を話すから。あなたはそれを知っていて話しかけてきたんでしょ?」
「……そうだな」
「何が聞きたいの?」
「駿河様は……人を殺したいのか?」
「そうみたいだね。ずっと『殺す殺す』って言っているから」
「『殺す』……か。『殺せ』とは違うんだな」
「そうだね」
「……イヤホンをしないのか?」
「壊れちゃうから」
「壊れる? イヤホンが?」
「……たぶん駿河の殺意が強過ぎるんだと思う」
「そうか……さすが駿河様だな」
「他にも何か聞きたい事があるの?」
「……駿河様の殺意をいつまで抑えられる?」
『いつまで』……か。
やっぱりこの人は他の忍びとは違うみたいだ。
この人だけは百七十年前の駿河の心を知っているんじゃないかな?
もしかして……
この人も駿河の亡骸の心を聞いた……?
今の私の考え……
聞かれているんだよね?
「分からないよ。駿河の殺意を抑える為に全ての感情と感覚を消したの。でもママに会ったら柔らかさと硬さを感じるようになった……もし私が全ての感覚や感情を取り戻したら……『駿河の殺意』を抑えられなくなるかもしれない」
「……そうか」
「あなたは私に全ての感情や感覚を取り戻させようとしているの?」
「それが本物の完全体の駿河様に会える一番の近道だろうな」
一番の近道?




