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第二十六話 パンダ、共存社会の礎を築く

あれから三ヶ月が過ぎた。


王都の政治中枢では、史上初の「人間と魔獣の共存委員会」が設立され、連日活発な議論が交わされていた。


「魔獣の権利をどこまで認めるかが問題です」

議事堂で、エドガーが資料を広げながら発言する。


「しかし、人間の安全確保も重要な課題だ」

カイルが慎重な口調で応じる。彼は「魔獣問題特別委員会」の委員長として、この難しい舵取りを任されていた。


「古代の『魔獣協定』を参考にするのはどうでしょう?」

この国に残り、委員会メンバーとして活躍を続けるユリアが分厚い書物を開く。


「相互不侵略と相互援助の原則で、共存の基盤を築けるはずです」


「技術的な支援も可能です」

ミロが共鳴石を取り出した。

「この共鳴石の技術を応用すれば、人間と魔獣の意思疎通を格段に向上させられます」




一方、隣国でも同様の動きが始まっていた。

フィルメリアは「共存政策推進大臣」という新設ポストに就任し、両国間での政策調整を進めている。


「我が国でも、人間と魔獣の共存条約締結に向けて準備を進めております」

フィルメリアも、王や重臣の前で報告する。


「ただし、国民の理解を得るには時間が必要です」


「それは当然のことだ」

王が頷く。


「千年間続いた対立を解消するのだから、急激な変化は混乱を招くだけだ。少しずつ進めていこう」


「そうだよ。フィルメリア。父の代で終わらなくとも、我らの代、さらに次の代までかかったとしても、共に成し遂げよう」

アルベルト王子がそっとフィルメリアの側に立ち、その手を取って優しく微笑んだ。


「はい。ご一緒に成し遂げましょう」

フィルメリアも嬉しそうに微笑み返した。



***



その頃、俺とアダマス、そしてココは各地を巡る調停活動を続けていた。


「また争いか……」


俺は空から見下ろす小さな街を見つめた。

街の外れで、人間の商人たちと狼の魔獣の群れが対峙している。魔獣たちは攻撃的ではないが、人間たちは武器を構えて警戒していた。


『人間たちの恐怖心は根深いな』

アダマスが呟く。


「キュー」

俺の肩のココも心配そうに鳴く。


「仕方ない。千年間の敵対関係は、そう簡単に消えるものじゃない」


俺たちは街に降り立った。


「あ、あれは……!」

商人の一人が俺たちを見つけて驚く。


「噂の『調停者』だ!」

最近、俺とアダマス、そしてココは「調停者トリオ」として各地で知られるようになっていた。人間と魔獣の争いを平和的に解決する存在として。特にココは、その愛らしい姿で緊張をほぐす役割を果たしていた。


「何があった?」


俺は商人たちに近づいた。

ココが俺の肩から小さく「キュー」と挨拶する。


「魔獣たちが街道を塞いでいるんです」

商人の代表らしき男が説明する。


「攻撃はしてきませんが、通してくれません」


俺はエンパシースキルで狼たちの心を読み取った。


「あぁ、なるほど」

「何かわかったのですか?」

「この狼たちは、子育てをしているんだ。この街道の先に巣があって、子どもたちを守ろうとしている」

「子育て……?」

商人たちが困惑する。


「でも、商売に影響が……」

「大丈夫だ。ちょっと話してくる」


俺は狼たちに近づいた。狼の群れのリーダーらしき大きな個体が警戒しながらも、俺の前に出てきた。

ココが俺の肩から降りて、狼たちの前で「キューキュー」と友好的に鳴いた。

その愛らしい姿に、狼たちの警戒心が少し和らぐ。


俺はエンパシースキルを使って、狼の心に語りかける。

お前たちの子どもを守りたい気持ちはよくわかる。でも、人間たちも生活がある。お互いに困らない方法を考えよう

狼のリーダーの瞳に理解の光が宿る。


『グルル……ワォーン』


狼が短く鳴くと、群れが街道から少し離れた場所に移動した。商人たちが通れるだけの幅を空けて。

ココが嬉しそうに「キューキュー」と鳴き、狼の子どもたちの方に向かって小さく手を振った。


「すげぇ……」

商人たちが息を呑む。


「話が通じるのか?」


「心は通じる」

俺は振り返った。

「魔獣も人間も、家族を大切に思う気持ちは同じだ。それを理解し合えば、必ず共存できる」


商人たちは感謝を込めて頭を下げ、狼たちに向かっても軽く会釈をした。狼のリーダーも、小さく頭を下げて応えた。そして、狼の子どもたちがココに向かって小さく鳴き声を上げると、ココも嬉しそうに応えた。


『見事な調停だったな』

アダマスが感心する。


『少しずつだが、理解し合える者たちが増えている』

「ああ。でも、まだまだ課題は多い」



次に向かったのは、鉱山の街だった。

ここでは、地底に住む魔獣と人間の鉱夫たちの間で縄張り争いが起きていた。


「魔獣どもが坑道を占拠しているんです!」

鉱山の責任者が怒りを込めて説明する。

「おかげで採掘作業が停止状態です」

「どんな魔獣だ?」

「土竜のような……でも人間の背丈ほどもある巨大な奴らです」


俺とアダマスは坑道の入り口に向かった。ココは俺の肩で心配そうに坑道の奥を見つめている。

暗い坑道の奥から、低い唸り声が聞こえてくる。


「気をつけてください」

鉱夫の一人が心配そうに言う。


「あいつら、すごく気が荒いんです」


俺は松明を持って坑道に入った。アダマスは大きすぎて入れないので、外で待機している。ココは俺の肩にしっかりと掴まっていた。


坑道の奥で、確かに巨大な土竜の魔獣たちがいた。しかし、彼らの様子がおかしい。

エンパシースキルで心を読み取ると、彼らの苦しみが伝わってきた。


「これは……」

俺は急いで外に戻った。


「どうでした?」

責任者が尋ねる。


「あの魔獣たちは、縄張り争いをしているんじゃない。避難しているんだ」

「避難?」

「地底の深い場所で何かの異変が起きている。恐らく、有毒ガスか地盤の崩落の前兆だろう」


責任者の顔色が変わった。

「まさか……」

「魔獣たちの方が、地底の変化に敏感なんだ。彼らは危険を察知して避難してきた。つまり、この鉱山は危険だということだ」


急いで調査が行われた結果、俺の推測は正しかった。地底深くで有毒ガスの噴出が確認され、このまま採掘を続けていれば大事故が起きていたかもしれなかった。


「魔獣たちが……俺たちを救ってくれたのか」

責任者が呟く。


「ありがとうございます!」

鉱夫たちが土竜の魔獣たちに向かって頭を下げた。


魔獣たちも、警戒を解いて穏やかな表情を見せている。

ココが「キューキュー」と嬉しそうに鳴いて、魔獣たちに向かって小さく手を振った。


『また一つ、理解が深まったな』

アダマスが満足そうに言う。


「ああ。こうやって一つずつ、信頼関係を築いていこう。気長にな」

『そうだな。我は千年待った。それに比べれば瞬きするような時間だ』

「それもそうだな。じゃあ、のんびりいこう。お前とココと三人なら、楽しくやれるさ」

ココが「キュー」と元気よく鳴く。嬉しそうだ。


***


数週間後、俺たちは王都に戻った。


「お疲れ様でした」

エドガーが出迎える。


「各地での調停活動、大成功ですね。ココちゃんも頑張ったんですね」

ココが「キューキュー」と誇らしげに鳴く。


「まだまだこれからだよ」

俺は疲れた体を椅子に沈めた。ココは俺の膝の上で丸くなって休んでいる。


「でも、確実に変化は起きている」


「ええ、政治的な動きも順調です」

カイルが報告書を広げる。

「両国間で『人間と魔獣の共存条約』の草案がまとまりました」


「どんな内容だ?」


「まず、魔獣の基本的権利の保障。そして、人間の安全確保のための相互協力体制」


ユリアが補足する。

「古代の魔獣協定を現代風にアレンジしたものです」


「具体的には?」

エドガーが身を乗り出す。


「人間は魔獣の生息地を尊重し、魔獣は人間の居住区域での争いを避ける。そして、お互いの危機には協力して対処する」


カイルが説明を続ける。

「先ほどのハクジン殿の鉱山での事例も、条約に盛り込まれています」


「素晴らしいですね」

ミロが興奮して言う。

「僕の共鳴石技術も、条約の実現に役立てそうです。ココちゃんみたいに、魔獣と人間の仲裁ができる存在がもっと増えれば、さらに効果は上がりそうですね」



「先日、隣国からも報告がありました。あちらも順調のようです」

「それと、手紙が届いています」


カイルが手紙を読み上げる。

「『条約締結に向けて、両国合同の調印式を行いたい。ハクジン殿とアダマス様、そしてココ殿にも、平和の象徴として参加していただけないか』とのことです」


『我々が平和の象徴……』

アダマスが感慨深げに呟く。


『千年前には考えられなかったことだ』


「時代は変わったんだな」

俺も感慨に浸る。

「確実に変化は起きている」


「そうですね」

ユリアが頷く。


「ただ、これで終わりではありません。

本気で共存社会を築くには、教育や制度の整備が必要です」


「教育については、もう動き始めています」

カイルが別の資料を取り出す。


「クロヤナギ村をモデルケースにした『共存教育プログラム』の開発が進んでいます」


「リオナちゃんも頑張っているんですね」


エドガーが嬉しそうに言う。

「あの子は将来、きっと素晴らしい教育者になりますよ」


「リオナか…元気にしてるかな」

『会いに行くなら付き合うぞ』

「そうだな、ひと段落したら一緒に行くか」

ココも「キュー」と鳴いた。リオナに会いたがっているようだった。


「制度面では」

ミロが手を上げる。

「人間と魔獣の共同作業を支援する技術開発も進んでいます。翻訳機能付きの共鳴石とか」


「みんな、本当によくやってくれている」

俺は仲間たちを見回した。

「みんなのお陰で、できることが格段に増えた」


『そうだな』

アダマスが窓の外から声をかける。


『一人では成し得なかったことも、皆で力を合わせれば実現できる』


「でも、一番重要なのは」

俺は立ち上がった。ココも俺の肩に飛び移る。

「この機運を一時的なものではなく、持続可能なものにすることだ」


「持続可能……」

エドガーが考え込む。

「そのためには、次の世代への教育が重要ですね」


「そうだ。だから、俺たちの活動はまだまだ続く」


俺は窓の外を見つめた。

「各地で、まだ理解し合えていない人間と魔獣がいる。俺たちも橋渡しを頑張らなきゃな」


「ハクジン殿」

カイルが敬礼する。

「我々も、それぞれの持ち場で最善を尽くします」


「ああ、頼む」

俺は仲間たちを見回した。


「みんなで、本当の平和な世界を作ろう」


翌朝、俺とアダマス、そしてココは再び旅立ちの準備をしていた。


「次はどこに向かいますか?」

エドガーが尋ねる。


「東の森で、熊の魔獣と村人の間で問題が起きているらしい」

俺は地図を確認する。

「それと、南の港町でも海の魔獣と漁師たちの調整が必要だ」


「忙しいですね」

ユリアが心配そうに言う。

「たまには休息も必要ですよ」


「大丈夫だ。これが俺たちの使命だから」

俺はアダマスの背中に乗った。ココは俺の肩にしっかりと掴まっている。


「それに、各地で人間と魔獣が理解し合う姿を見るのは、何よりも嬉しいんだ」


『我もだ』

アダマスが翼を広げる。

『我らが千年前から見たかった景色だ。これ以上嬉しいことはない』


ココが「キューキュー」と鳴いて、新しい冒険への期待を表している。


「では、行ってくる」

俺は仲間たちに手を振った。

「条約の準備、よろしく頼む」


「はい!お気をつけて!」

みんなが声を揃えて見送ってくれる。


アダマスが大空に舞い上がると、眼下に広がる王都の風景が美しく輝いて見えた。

人間と魔獣が共に暮らす世界への道のりは、まだ長い。

でも、確実に歩みを進めている。


『ハクジン』

「どうした?」

『千年前の夢が、ようやく現実になりそうだな』

「ああ。でも、まだまだこれからだ」

俺は地平線を見つめた。

「本当の共存社会を築くまで、俺たちの旅は続く」


青い空の下、千年の友情で結ばれた仲間たちが、希望の未来に向かって飛んでいく。


あの日、胸の火種に火は灯った。

その火は今、炎となって、俺の胸の内を明るく照らしていた。

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