はじめましてお兄さん。1
初めからドロドロ展開で申し訳ない。
これからほわほわさせていきますのでよろしくお願いします。
半年前の午後8時。
元同僚で、仲の良い友人からメールが届いた。
まだ4歳になったばかりの息子を風呂に入れ、やっと髪を乾かそうとしていた時だった。
「言うかどうか迷ってたんだけどさ、」
「これって、」
「幸輔の奥さんじゃね?」
9月1日。
普段なら後回しにする通知メールに、取引先からのメールかと勘違いし目を通した。
顔認証がされ、画像も通知画面のまま映し出される。そのメールを見て、エープリールフールはもう終わってるのに。と、しばらく息子の髪を乾かしていた。
けれど、相手はいつもに増してメールを追加してくる。
こんな時は共働きの妻、千秋に、スマホなんていじってないで子供の世話に集中しろなんて叱られるが、今週は出張で出ていた。
ちょっと待ってねと息子に言った後、スマホを持ち上げアプリを起動し、お疲れ様スタンプを送って、わかりやすい嘘なんて珍しいな。そう打った。
相手はずっとトーク画面を開いているようで、すぐ既読がつくと思えば、バカにしてるわけじゃねーよ。と、追加で5枚ほどの写真が送られてくる。
そのまたすぐ、このメールの相手。
松木海から電話がかかってきた。
松木とは、彼が転職するまでライバルともいえるほど営業成績を競っていた。小中高ともに一緒。良縁だ。
今は不動産屋で働いていると聞いている。
『元気してっか』
スマホを肩に乗せ、首を捻り固定する。
息子の凪が、待ち疲れ抜いて遊んでいたコンセントをカチッと差し直し、あぐらをかいてここに座ってねと太腿を叩く。
「昨日もメールしなかった?」
とことこと歩いて座った息子の髪をドライヤーでふわふわ乾かしながら、できるだけ耳を傾け話す。
『まーな。…元気か。』
「それで要件は?ごめんドライヤーうるさいよな」
『ん?んー大丈夫。ところで、写真は見たか。』
ドライヤーというところも聞き取れていないように感じて、少し声を張りながら喋る。
「いや、まっさんの電話が早くて見れてない。今見るよ」
スピーカーにし、メールの画面を開く。
写真が立て続けに、それも一つ一つ丁寧に送られていた。
写真をタップして、拡大して見る必要も無かった。
目に、何か信じられない、理解できないものが写った。
「…」
しばらく沈黙を続け、凪がとーた熱い。と訴えるまで、ドライヤーを一点に凪に当ててしまっていた。
ハッと我に返り、電源を切り、ごめんねと謝る。
はーっと息を吐き、また電源を入れた。
電話の先で何か言っているように聞こえたが、分からなかった。
しばらく凪の髪を乾かす事に集中していた事と、耳から離れたスピーカーにしたせいで、ドライヤーの音にかき消されていた為だった。
『オイッ!』
電話先で松木が叫ぶ。
またハッとして、普通の電話モードに切り替え、元の姿勢に戻る。
「ごめん、…ちょっと聞こえてなかった」
『…前に上司がマック行って買ってきてくれるって言うから車で待ってる時があって。』
「…?良い上司だな。」
よし、凪終わり!お布団で遊んでて良いよ。
そう、ドライヤーの電源を切り、コンセントを結びながら立ち上がる。
スマホをまたスピーカーにして、洗面所へドライヤーを置きに行く。
『そりゃあな。そうじゃなくて、その時見たんだ。凪くん連れてない奥さんを。』
「千秋が?別に普通じゃないの?」
三面鏡の収納扉を開け、歯磨き粉と歯ブラシを取り出す。
『そ、千秋さん。明らかにどこかよそ行きの格好でさ。お前あの時凪くんといたろ。』
「よそ行きねぇ…」
ブチュッっと音を立て、少し出過ぎた歯磨き粉を口に放り込む。
少し、苦さが目立つ。
『その後上司を取引先で降ろして、個人経営のとこだったからな、ちょっとそっちの街に近かったんだわ。』
「まって。それいつの話?」
『なんちゃらっての、こども園のイベントで、凪くんの誕生日会の写真送ってくれた日だよ』
話しずらいと思ったのか、普段の動作がそうさせたのか。唾を飲み込んでしまった。
「…、なんとなくわかったよ。…答えは?」
『…言うぞ。写真のまんまだ。ホテルに入ってった千秋さんが、ホテルから出る時、知らねぇ奴と一緒に出てきた。』
「しょうもない事言うなぁ〜。なー。なっちゃん」
少しの不信感と、確信と。
誰かを頼りたい一心で、洗面所から離れた場所にある凪に話を振った。
勿論、息子には聞こえていないし、自分でも惨めになっていくのが余計に分かった。
『お前なぁ…。』
呆れたように、笑うように。
仕方ないよなとでも言うように、松木は言った。
分かったから。分かったからちょっと待ってよ。
分かったから、頼むから。
いきなり言われて、頭が追いつくはずがないだろう。
そんな事を理由に、理解する気にすら起きなかった。
どうせ寝て明日になれば、きっと仕事に追われて考える暇もなくなる。
大丈夫。
『千秋さんが入ってった時から、俺また違うとこ行ってさ、昼払ってもらったし、千秋さん気になるし。上司迎えに行こうと思ってまた行ったんだわホテル前。で、タイミング合って出てくるのも見れたんだけど、2時間はあったな。』
そういえばというように、松木は話を続けた。
「…相変わらず探偵みたいだな、お前」
『好きだからな。ま、俺にかかればこんなもんよ。』
奥の方で、松木を呼ぶ声が聞こえた。この時間だ。結婚はしていないはずだし、彼女でも出来たのだろうか。
『すまん、ちょっと呼ばれた。またかけ直す』
「仕事?なんかごめんな、頑張って」
大丈夫。
『さんきゅ。変に杞憂するなよ』
「うん」
陽気な音と共に、電話終了を告げる画面が表示された。
奥の部屋から、「変身!」だとか、「わーい」だとか。可愛い声が聞こえてくる。
「何やってんだろ、疑う事なんて無いじゃん、」
ねぇ。
自分に問うように呟く。
こんな可愛い我が子を放っておくはずがない。
大丈夫。大丈夫。と。
「とーーたぁああ!!!はーやーくー!!」
そんな声にくすっと笑い、こりゃあ遊び疲れないと寝てくれないな。そう思いながらはいはいと洗面所を出る。
深く考える必要は無いのだ。
きっと彼の気まぐれの話で、嘘で。それに本気になるだなんて自分はどうかしている。そう思う事にした。
「これ読んで!あんと、ここの、これ!なんて読むの」
ただ。
「んー?これはね。…、あ、暗黒星雲…。何この本図鑑じゃ無いよね」
「ふは…あー…こりゃむりだよ…」
本のページを無意識になぞりながら、凪に視線を落とす。
松木がこんな内容で騙す嘘をつく人だと思えなかった。考えられるわけもなかった。
「…なんだろーなぁ〜」
簡単に言うと、俺は、俺の妻に不倫をされている。
そんな嘘。
「…千秋ちゃん、これってどう言う事?」
後日、松木から写真が郵便で送られてきた。
受け取ったのは、俺、佐伯幸輔だった。
ものとして受け取って初めて実感が湧いた。
最愛の人に騙されていると。
写真に映る、いわゆるそういうホテルから出てくる2人のうち妻の笑顔が、何か悔しさを運んでくる。
「仕事の商談でたまたま行っただけだよ」
沈黙を嫌い、意地でもすぐ口を開けたのは、話の相手。
佐伯千秋。幸輔の妻だ。
もうすぐ31歳の俺と同い年。シャワーから出てきたばかりの茶髪のボブヘアに、少し濡れた髪が光る。
あの電話から2週間。
とうとう話を聞かざるおえないとついに今日。
晩御飯を食べ、凪と風呂に入り、凪を寝かせた午後9時半。
残業から帰って来たからとシャワーに行った千秋を待った後、食卓テーブルを囲み、証拠を見せながら話し始める。
こんなバカなこと。
こんなバレやすいこと。
頭のいい彼女がやるとは思いたくなかった。
「いや、違うよね。だって、こんな、ねぇ黙ってないでなんとか言おうよ。…凪だってまだ3歳で」
千秋は否定した。
当然だ、彼女の性格上、すんなり受け入れないのは分かっている。
「…離婚する?」
だから何。そうとでも言うように、彼女は肘をついて横を向いて口にした。
「っは?…なんで、俺が悪いみたいになってるの」
俺は俺で、イントネーションが気に入らず前のめりに声を出す。
「だって嫌なんでしょ。仕事だって言ってるのに」
声を張るわけでも無く、呆れたように、面倒そうに彼女は言った。
あの日、凪のこども園のイベントの日。
親同伴義務のイベントで当初行く予定だった夏来が仕事だと言って居なかったから。
欠席しようとしていた所を、凪が可哀想だと、急遽仕事を早上がりさせてもらって。
俺と凪の2人で参加した。
あの日。
「…っ。あの時会社にいるって言ってたじゃん」
「急に呼び出されたの」
「だからってこんな、ホテルにまで行って…2時間もおかしいじゃん、俺凪の方にいて」
凪が眠る寝室を眺めながら、強く主張する。
「いや、凪の事分担制って決めたよね。…文句あるの?ただめんどいだけなんじゃないの?ってか2時間って。これどっかの誰かから聞いた話って事?信憑性無いじゃん。もう寝たいよ。私明日も仕事」
「めんどくない。めんどくないよ。そういうんじゃなくて。俺…。…なんで、どうしてその方向に行くかな…」
俺は、千秋の話を切るように否定した。
右手で頭を抱え込み下を向く。
明らかに勘弁してくれと言うポーズをした。
「…それに聞いたよ…この人、前の職場の人なんでしょ?それに取引先でもなんでも無いって」
確かに俺は、千秋の口車に何度も乗せられているし、今までの喧嘩で勝ったことはない。
わかってる。負ける。
でも俺だって
「だったら何」
「……っは…?」
千秋はキッパリと、俺の目を見て言った。
俺は顔を上げてイスに座り直す。
「だったら?そこに入ったってだけでしょ。証拠は?こんな写真だけ?…、いや、せめてちゃんと集めてからやろうよ幸輔。こんなの幸輔がどっかのホテル女の部下と行くようなもんじゃん。…もう寝るから。明日も早いし」
「千秋ッ」
「何。幸輔って昔からそういう所あるよね。変に疑って、信じてないって事じゃないの?」
「ちがっ」
「違わないでしょ。…はぁ、寝るね。おやすみ」
違わないと断言した後、言いすぎたと少しへこみながら千秋はため息をつき、凪が寝ている寝室へ入っていった。
寝室のドアの鍵が、ガチャっと閉まった。
「……。もぅ…、」
その日は1人、テレビ前のソファで寝た。
こんにちは、こんばんは。
倉松と申します。
何度もこの作品を作っては作って、
手を加えては加えてとやっていたら止まらず。
もう作り始めて早半年と。経っておりまして…。
ということでもうとにかくあげようと、あげました。
なので話が変わったりするかもしれません、すみません。
3話分ほどもう下書きがあるのですぐ上がるかもしれません。
よろしくお願いします。