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13話 贈り物をいただきました


「イリス、これを君に」


 カフェで軽食を済ませてのんびりくつろいでいると、ブルーノが先ほどの文房具店の紙袋をイリスに差し出してきた。思わず「え」と声が出る。


 ブルーノはイリスに贈り物をしてくれるという。てっきり自分の用件のついでに、イリスに行きつけの文房具店を紹介してくれただけだと思っていたので、思いがけない贈り物につい声がひっくり返ってしまう。


「そんな、頂けません……!」


 レターセット以外に何が入っているのかはわからない。だが店主との『ご注文頂いて』『できあがっております』との会話から、ただの市販品ではない――オーダーメイド品が入っていることはイリスにも想像できる。


 そんな高価なものはもらえない、もらう理由がない、と固辞しようとするが、ブルーノには不思議そうに首を傾げられた。


「なぜだ? 可愛い恋人への贈り物なんだ、受け取ってほしい」

「!」


 ブルーノがさらりと言い放った言葉に驚いて、ぴくっと飛び跳ねてしまう。突然なにを言い出すのだろうと、心臓が大きな音を立て始める。


 しかし恥ずかしさからそのまま拒否しようとして、今日の外出の目的を思い出す。


(うっかり驚いてしまいました……。……そういう設定でしたね)


 おそらくこれもブルーノの計算――特定の誰かではなく、すべての人々へ『聞かせるための会話』なのだろう。こうやって恋人らしい会話をしていくことで、自分たちが本当に付き合っている恋人同士だと知らしめよう、という作戦なのだ。


 ただし今いるこのカフェは、どちらかというと市民の若い女性が好む店で、貴族階級の人々が積極的に利用するような高級店ではないので、あまりにも効果が薄そうな気はしているのだけれど。


「ありがとうございます。それでは遠慮なく……」


 ではどうして……? という疑問は一旦呑み込み、ブルーノがテーブルの上に置いた紙袋を受け取る。


 見た目以上に重量のある紙袋を膝の上に乗せて開けてみると、中には細長い赤い箱が入っていた。


 紙袋をテーブルの空いているスペースへ置くと、手にした細長い箱の蓋を開けてみる。


「これは――羽根ペン?」

「ああ」


 箱の中に入っていたのは、真っ白な鳥の羽根に銀の柄とペン先がつけられた、それは立派な羽根ペンだった。


 大きな羽根は丁寧に切り揃えられ形もしっかりと整えてられているが、肌触りは雛鳥の羽毛のようにふわふわだ。純銀製の柄の部分には精巧な銀細工が施されており、長時間書き続けても疲れないよう、グリップの部分だけ別のやわらかい材質になっている。羽根と柄を接続する部分には二つの綺麗な石が――って……


「ほ、宝石が埋め込まれてるのですが……!?」


 銀細工の中心を彩る石は、てっきり装飾用のガラスか何かだと思い込んでいた。だがよく見てみると、それが本物の宝石であることに気がつく。


 イリスの反応を見届けたブルーノが、にやりと楽しそうに微笑んだ。


「イリスは、春の月の五十二日生まれだったな」


 当然のようにイリスの誕生日を熟知していることに、今は触れている場合ではない。まさか……と呟きながら瞬きすると、ブルーノがさらに楽しげに笑みを深めた。


「大きいピンクの方が、春の宝石〝フロリアナイト〟で、小さい赤い方が鉱石指標表の五十二番目の石〝フェリオルツェ〟だ」

「!?」


 ブルーノの宣言に驚いて手元の羽根ペンに視線を落とす。


 二つの宝石のうち、大きいピンク色の宝石はルファーレ王国が定める『花咲く季節を告げる春の石・フロリナイト』で、小さい赤色の宝石は大陸で発見された鉱石を発見順に並べた『鉱石指標表』の『五十二番目の石・フェリオルツェ』だという。


「ちょっ……と、まってください!? これは絶対、ペン一本の価格ではないですよね!?」


 イリスの誕生日に合わせて宝石を選んでくれるなんてロマンチック……ではない。


 大きさや純度によって価値に変動があるとはいえ、宝石は高価な代物だ。ゆえに自身を着飾る指輪やネックレスやイヤリングに加工されて身に着けることはあるが、消耗品である文房具に埋め込むなど、聞いたこともない。


「そもそも特注なのですよね!?」

「そうだな」

「い……いっ、頂けません!」

「気に入らなかったか?」

「気に入らないはずないじゃないですか! とってもきれいで可愛いですよ! でも……!」

「ならもらってくれ」


 そんな高価なものはもらえない、もらうわけにはいかない、と固辞しようとするイリスだったが、ブルーノの返答はさらりとしたものだった。ティーカップの紅茶をなんでもないような顔で飲み干しているが、イリスはただただ慌てふためくしかない。


「ちなみに、まだあるぞ」

「?」


 コト、とソーサーにカップを戻したブルーノが、イリスが一旦退けていた紙袋に視線を送る。


 そう言われてみれば、羽根ペンだけにしてはやけに重かったような……と思い出して再度紙袋を開いてみると、中にはレターセット以外にもう一つ、小麦色の布に包まれた固くて重いものが入っていた。


 紙袋からそれを取り出して布を開くと、中から黒い水のような液体が入った小瓶が出てきた。


「わぁ……インクですね」


 すぐにその液体が筆記用のインクであることに気づく。小瓶にはラベルこそ貼られていないが、文房具屋で購入した粘度が薄くて色の濃い液体、しかも羽根ペンと一緒に贈られたものとなれば、二つ合わせて使うもの……すなわち筆記用インクと考えるのが自然だ。


「あれ……?」


 イリスの手の中でころりと転がるそのガラスの小瓶を見つめていて、ふと気がつく。一見すると普通の黒っぽい筆記用インクだが、よく見るとイリスの知っているものとは異なる、不思議な特徴があった。


「インクが、きらきらしてるような……?」


 瓶の底に、きらきらと煌めく何かが沈んでいる。


 まるで星の砂みたい……と考えながら小瓶を揺り動かしていると、ブルーノがまたとんでもないことを言い放った。


「ああ、それも特注なんだが」

「!?」

「そう青褪めるな。特注といっても、そこまで高価じゃない。オーダーに合わせて染料の配合を変えているから『特注』と言ってるだけで、基本的には市販のインクと価値は同じだ」


 ブルーノが「だから気にしなくていい」と軽く手を振ってくれるが、イリスとしてはそういう問題ではないと思う。


 言葉を失ってぽかんと呆けていると、ブルーノがイリスの手の中にあるインクの瓶を見つめて小さく頷いた。


「普通と違うのは、インクの中に極限まで細かく砕いた金の粒子を混ぜてあることだな」

「金の、粒子……?」


 ブルーノの説明を聞いたイリスは、小瓶を高く持ち上げてそれを日光に透かすように、ゆらゆらと横へ振ってみる。するとブルーノの説明通り、インクと細かい金の粒子が混ざり合ってくるくると流動する様子が窺える。それにインク自体も真っ黒だと思っていたが、よく見ると少し赤みがかっているようだ。


「そのインクを使えば、光に反射して輝く字を書けるんだ」


 不思議な色と金の粒子が流れ動く様子を見つめていると、ブルーノがイリスの顔を眺めながらそう教えてくれた。


「輝く字……」


 秘密の種明かしをされた気分になったイリスは、煌めく小瓶を見つめて、ほうっと小さく息を零した。光り輝く文字だなんて、きっととても美しいはず……とまだ見ぬ色彩に想いを馳せる。


「素敵です……魔法みたいですね……」

「魔法?」


 イリスがうっとりと呟くと、一瞬だけ目を見開いたブルーノがそっと語尾を上げた。けれどすぐに表情を崩して、「そうだな」と頷いてくれる。


「イリスの綺麗な字で書けば、魔法のようだろうな」

「……ブルーノさま」


 ブルーノの楽しそうな声を聞いたイリスは、自分がつい先ほどまでとはまったく違う感情を抱き始めていることを自覚した。


 イリスはすでにこの羽根ペンとインクを愛おしく感じている。手に入れないという選択肢は、受け取らず手放すという道は、もう考えられなくなっている。


 特別なものだと教えられると惜しくなってしまうなんて、我ながら現金だとは思うけれど。


「もらってくれるか?」

「はい、ブルーノさま。大切にします」


 ブルーノの問いかけに、今度はしっかりと頷いてみせる。


 けれど本当は、イリスの答えは最初から決まっていたようにも思う。


 なぜならイリスは、ただ嬉しかった。多忙なブルーノが時間を使ってイリスのために贈り物を考えてくれる。ぴったりの品が見つからないのなら諦める、ではなく、ぴったりの品を新しく作るという方法を選んでくれる。


 本物の恋人ではない相手のために――イリスのために、時間を使って心を込めて、特別な贈り物を用意してくれることが、恐れ多くて、申し訳なくて……なによりも嬉しい、と思ったのだ。


「大切にしてくれるのは嬉しいが、道具はたくさん使った方がいいぞ」


 イリスの宣言を聞いたブルーノが苦笑いを零す。


 それは確かにそうかもしれない。机の中に大切にしまい込んでも、宝の持ち腐れになってしまうだけだろうから。


「レターセットもあるし、手紙も書けるだろ」

「はい」


 ブルーノがだめ押しで呟くので、イリスも完敗を宣言するように笑みを零す。


 その表情を正面から見つめていたブルーノが、にやりと口の端を上げて愉快そうに微笑んだ。 


「よしよし、これでまだしばらくは俺の仕事を手伝ってくれそうだな」

「え……まさか、賄賂でしょうか?」

「さあ、どうかな」


 ブルーノがただイリスを喜ばせるためではなく、イリスを喜ばせることでこの先も自分の仕事を手伝うように誘導したのだと匂わせる。


 問いかけは笑ってはぐらかされてしまったけれど、本当はイリスが気を遣わなくてもいいようにそう言ってくれたことに気がついている。そしてそれ以上に、彼が本心からイリスを喜ばせようとしてくれたことにも、ちゃんと気がついている。――だから。


(ブルーノさまは、笑顔も素敵です)


 イリスは今日も、美貌の宰相閣下の笑顔に見惚れてしまうのだった。



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