プロローグ 愛人令嬢の憂鬱
クロムウェル伯爵家の令嬢・イリス=クロムウェルは、複数の上流貴族男性と愛人関係にあるらしい――
今年十八歳になったばかりのイリスにこのような不名誉な噂が立つ理由は、生まれ持った容姿にあるという。
貴族令嬢の友人たちいわく……ゆるりと癖がついた長く艶やかな黒髪と透明感のある肌の白さの対比が、男性の欲を掻き立てる。長いまつ毛と木苺色の瞳、目尻が下がった垂れ目が、穏やかで大人しい性格を表しているように感じる。ルージュを塗らなくても薄紅に色づく唇も、実年齢より大人びて見える要因となる。そしてなにより口元の左下にある小さなほくろが蠱惑的で、どうしても『愛人顔』に見えてしまう――とのこと。
正直、まったく嬉しくない。
だが実際のところ、イリスの顔を見た人々は皆、似たような感想を抱くのだろう。だからこそこの不名誉な噂話はいつまで経っても払拭できないし、勝手にあれこれと脚色されて遠くまで一人歩きしてしまう。
もちろん、面と向かって聞いてくれたらイリスだって反論ができる。だが本人に『○○侯爵の愛人だというのはまことの話か?』『○○伯爵と密会していたというのは本当か?』『学院時代に○○先生と付き合っていたというのは真実か?』と聞いてくる者はいない。いるはずがない。
結果、ありもしない作り話が勝手に広まって、気がつけばいつも思いもよらないトラブルに巻き込まれる。
いつの間にやら『愛人令嬢』になってしまったイリスだって、本当は誰かと胸がときめくような恋をしてみたいのに。
「ちょっと貴方! わたくしのクリフさまに色目を使うのは止めてくださる!?」
ああ、どうして今夜もまた、身に覚えのないトラブルに巻き込まれているのだろう――。