『騎士団長は幼女に甘い(読み切りの短編連作)シリーズ』はここ♡
騎士団長は幼女に甘い〜魅惑の顎クイ〜
シリーズですがこれだけで読める作りです、完結してます。
R15はねんのためです。
「ジェラルド騎士団長の顎クイは凄いらしいわよ、うっとりするんですって」
「私もうっとりしたいわあ!」
姉たちが頬を染めて話しているのを聞いて、
——顎クイって何かしら?
とリリアンは思った。
リリアンは六歳。
ウィンザー侯爵家の五人姉妹の末っ子だ。
姉妹はみんな金髪に青い目の美しい容姿をしている。
ここはウィンザー侯爵家のとても豪華な衣装部屋。
姉たちは着替えをしながらずーっとジェラルド騎士団長の噂をしている。騎士団長は王都の令嬢たちの憧れのまとで、姉たちの『推し』なのだ。
今夜は舞踏会で、しかもウィンザー家の屋敷で開催されることになっている。
姉妹は必死でオシャレをしていた。ほとんど命懸けと言ってもいいほどの必死さだ。
「今夜の我が家の舞踏会には王女様もいらっしゃるのよ。きっとファーストダンスは騎士団長がお相手ね」
「いいわねえ、騎士団長とファーストダンスを踊れるなんて⋯⋯。でも王女様に勝てる令嬢はいないから仕方ないわね」
姉たちはホーッとため息をついて化粧を始めた。
リリアンは姉たちの間にボスッと顔を突っ込んだ。
「ねえねえ、お姉様、今夜の舞踏会にはジェラルド騎士団長様もいらっしゃるの?」
「ええ、いらっしゃるわ。他の騎士団のみなさまもみんないらっしゃるのよ。今夜の舞踏会はそれは豪華よ」
「私も出たい!」
「六歳児は立ち入り禁止」
「立ち入り禁止?」
それはあんまりだ、また子供扱いされてしまった。
リリアンは可愛いほっぺをぷーっと膨らませた。
姉たちはまた騎士団長の話を始める。姉たちの人生は推しで回っているのだ。
「今夜は絶対に騎士団長様と踊るわ」
「私もよ! そして顎クイをしていただくの、うっとりでしょ?」
「まあ、あなたったら大胆ね!」
——さっきからお姉様たちが話している『顎クイ』って何かしら?
リリアンは姉たちのドレスの裾をチョンチョンと引っ張った。
「ねえねえ、お姉様、顎クイってなあに?」
「顎をクイっとすることよ」
「顎をクイっと? どうしてそれでうっとりするの?」
「それはね、顎クイの後に口付け⋯⋯」
「シーッ! リリアンにはまだ早いわよ!」
一番上の姉が止めたので他の姉たちは黙ってしまった。
リリアンは首をかしげる。
——顎クイは顎をクイっとすることね。だけどそのあとはなんて言ったのかしら? 口⋯⋯? 口をどうするの?
最後の言葉がよく聞き取れなかった。
——でもまあいいですわ。
騎士団長に直接聞いてみたらきっとわかるだろう。
リリアンと騎士団長は友達なのだ。騎士団長は優しいからきっと教えてくれる。
というわけで、リリアンは今夜の舞踏会に忍び込むことにした。
**
舞踏会に出るのなら豪華なドレスが必要だ。
姉たちが一階の大広間に行ってしまうとリリアンはさっそく着替えを始めた。
まずは長女の姉のブルーのドレスを着てみる。
「あら?」
これはちょっと大きすぎた。ダボダボだ。
「ドレスは無理みたいですわ」
仕方がないのでドレスは自分のを着ることにした。買ってもらったばかりのピンクのふわふわのお気に入りのドレスだ。
二番目の姉の花模様のレースのショールを引っ張り出して肩に巻く。
「可愛いですわ!」
それから次は三番目の姉のハイヒール。ブカブカだったけどなんとか歩けた、大丈夫そうだ。
次はお化粧だ。
顔に白粉をパタパタとつける。粉が舞ってゴホゴホと咳が出た。ちょっと苦しい⋯⋯。
そして最後は口紅だ。真っ赤を選んだ。グリグリと塗る。
「もっと赤い方がいいかしら?」
たっぷり塗る。
用意ができたら出発だ!
たくさんの馬車が到着する音が窓の外から聞こえてきた。
舞踏会がスタートする時間なのだ、さあ急がなきゃ。
リリアンはそーっと大階段から一階の大広間を覗き見た。
——うわーっ! きれい⋯⋯。
なんて美しい光景だろう。
まるで夜空の星のようにキラキラと光る豪華なシャンデリア。シャンデリアの下には着飾った紳士淑女が数え切れないほどいて笑っている。
その時、「きゃあ!」という令嬢たちの歓声が上がった。
騎士団が到着したようだ。
騎士たちの中でひときわ目立っているのはもちろんジェラルド騎士団長だ。
長い金髪を今夜は後ろにまとめている。真っ白な騎士の正装姿。肩には金色の勲章が光っている。
切れ長の目にブルーの瞳、あいかわらずとてもハンサムだ。
——騎士団長様!
リリアンは階段の上からブンブンと手を大きく振った。だけど騎士団長は気がついてくれない。
「どうしたらいいかしら?」
下に降りていけば両親や姉たちに見られてすぐに強制退場になるだろう。
「そうだわ! お姉様の羽扇だわ!」
姉たちの部屋から黄色い羽扇を持ってきた。
この羽扇は姉たちが推し活に使う扇だった。広げると大きく『騎士団長LOVE♡』と刺繍してあってとっても派手だ。
これを振ったら気がついてくれるかもしれない。
——騎士団長様!
羽扇をブンブンブンブン振りまくった。だけどやっぱり気がついてもらえない。
「こうなったら行くしかありませんわ!」
大広間では使用人たちがシェリーやワインを運んでいる。リリアンは彼らのかげに体を隠してぱぱっと大広間を動き回った。
まるで東洋の絵本に出てくる『ニンジャ』のようだ⋯⋯。
——あ! お姉様たちだわ!
姉たちに見つかりそうになったのでサッとテーブルの下に隠れた。
「ここなら見つかりませんわ」
さあ、騎士団長はどこだろう?
テーブルクロスをちょっとだけめくってキョロキョロとまわりを見ていると誰かのドレスの裾に当たってしまった。
「あら? 何かいるわよ」
——大変、見つかってしまう!
テーブルの下で体を小さくすると客の会話が聞こえてきた。
「猫かもしれないわ」
——猫ですって?
猫と思われているなら猫の真似をしなければいけないだろう⋯⋯。
リリアンは「にゃあにゃあ」と鳴き真似をした。
「今の聞こえた? ⋯⋯犬だったみたいね」
——犬ですって!?
こんどは「ワンッ!」と吠えてみた。
「⋯⋯変な声だわ」
「もしかして幽霊かもしれませんよ。歴史のある大きな屋敷には幽霊話はつきものですからね」
幽霊? 幽霊の声なんかリリアンは知らない。
だけど仕方がないので、「ゆ⋯⋯、ゆうれい〜」と言ってみた。
その時だ——。
テーブルクロスの向こうに長い脚が現れた。
と思ったらすぐに誰かがテーブルの下を覗いてきたではないか!
——どうしよう、見つかっちゃう!
だけど目の前に見えたのは彫像のような美貌だった。
「騎士団長様!」
リリアンはパッと笑顔になった。
「こんなところで何をしていらっしゃるのですか?」
「騎士団長様にお話がありますの」
「⋯⋯わたくしに?」
騎士団長はちょっと考えてから、「向こうに行きましょうか?」と言ってリリアンをサッと大広間から外に連れ出してくれた。
ふたりで大階段を上って二階へ行く。
その時ちょうど最初のダンスの曲が流れ出した。
「あ! 大変ですわ騎士団長様。ファーストダンスを王女さまと踊りにならないと」
姉たちが『王女様のファーストダンスはジェラルド騎士団長』と言っていたのを思い出したのだ。
だけど騎士団長は広くてたくましい肩をちょっとすくめて、「そういうことになっているようですが⋯⋯」と言っただけで下に行こうとはしない。
ニコッと微笑んで礼儀正しく手を差し出してきた。
「リリアン様、踊っていただけますか?」
「私とですか?」
リリアンはびっくりした。
——いいのかしら?
そう思いながらも飛び上がるほど嬉しい。
舞踏会で踊れるんですわ!!
「私、クルクル回るダンスが好きですのよ!」
「では回しましょう」
騎士団長はとても上手にリードしてくれた。
くるっと回るとドレスの裾がふわっと広がってとっても気持ちがいい。
「リリアン様、その靴は脱いだ方がいいかもしれません、転ぶと危ないですよ」
たしかにハイヒールは踊りにくい。
ポンポンっと脱いだらクルクル回るのがもっと楽しくなった。
回りすぎて息が切れてくるほどだ⋯⋯。
曲が終わって踊るのをやめた時、ハッと思い出した。
「そうだわ、騎士団長様、私、お願いがあるんですの。絶対に『10年後』っておっしゃらないって約束してくださいますか?」
「うーん、どうでしょうか⋯⋯。まずはそのお願いをお聞かせくださいますか?」
騎士団長は面白がっているような表情だ。
「顎クイですわ!」
「顎クイ?」
「顎クイの後は『口なんとか』もしなくてはだめですよの」
「口⋯⋯?」
「ええ、口なんとかですわ」
「なるほど⋯⋯」
騎士団長は何か考えている。
——やっぱり『10年後』かしら?
と思ったけどなんと今夜は違った!
騎士団長はにっこりと笑ってこう言ったのだ。
「実は最初にお会いした時からずっとそれをしたいと思っていたのです」
「わーい!」
というわけで、リリアンは騎士団長の『顎クイ』を経験することになったのだった。
***
「あまり人目がない方がいいかもしれませんね⋯⋯」
騎士団長はそう言ってリリアンを三階に上る階段まで連れて行く。
ふたりで並んで階段に座った。
「さあ、こっちを向いてください、リリアン様」
「はい!」
ものすごーくワクワクだ、人生で最高クラスにワクワクだ!
騎士団長はいつもリリアンが何か頼むと『それは10年後に』と言って断ってきた。
だけど今夜は違うぞ!
うっとりするほど素晴らしいという噂の騎士団長の顎クイを今から経験できるのだ。
そしてその後の口なんとかも⋯⋯。
——お姉様たちがあんなに興奮していらっしゃったんですもの、きっとものすごいわ!!
期待にどんどん胸が膨らんだ。
「それでは、失礼いたします⋯⋯」
騎士団長の指が優しくリリアンの顎に触れゆっくりと上を向かせる。
——これが『顎クイ』ですのね!
リリアンは感動した。
顎を持ってクイって上を向かせるから顎クイだというのは本当だったのだ。
——さあ次は『口なんとか』ですわ。
どんなにすごいことが起こるのだろう、ワクワクがワクワクワクワクになって止まらない。
「最初にお会いした時からずっとこれをしたかったのですが、失礼かと思ってできなかったのです」
騎士団長が白いシルクのハンカチを出した。
そしてそのハンカチでリリアンの口をぐいっと拭いたではないか!?
——え?
もしかして、これって⋯⋯。
「あの⋯⋯、これってもしかして⋯⋯」
「お口を拭いているのです。口紅が少々つきすぎていますからね」
あー!
やっぱりこれは『口拭き』だ!!
リリアンは食事の後にいつも婆やにお口をゴシゴシと拭かれてしまうのだ、それと同じではないか⋯⋯。
——まるで赤ちゃんみたいだわ!!
騎士団長に赤ちゃん扱いされてしまうなんて⋯⋯。
「じゃあ顎クイと口拭きにお姉様たちはうっとりしていましたの?」
なんて変な姉たちだろう。
騎士団長はクスッと笑った。
「これは初心者用の顎クイです⋯⋯。もしも許していただけるのならば、10年後の大人の顎クイを予約させてもらえませんか?」
「いいえ、結構ですわ!」
リリアンはキッパリと断った。
——10年後までお口を拭かれるなんてそんな屈辱は絶対にお断りですわ!
と思いながら。
〜終〜
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