第二章:銀級の女剣士②
翌日、ルイネたちを護衛として雇い入れ、商業都市アンデルへ向けて出発した隊商の旅路は驚くほど順調に進んだ。
その理由は銀級冒険者であるミューラによる尽力が大きい。攻守ともに優れた彼女は、行手に敵影を発見する度に、率先して露払いを担っていた。
アンデルへ向かう東側の街道は、ヴォルテックスの西側の街道に比べ、手強いモンスターが増える。それでも、ルイネたちはミューラがいてくれるおかげで、大して苦戦することなく街道を進んでいた。
(ミューラさんがいると戦いやすいんだよね。優秀な盾役がいると、攻撃に専念できて助かる)
ルイネはリザードマンが吐いた炎を盾で易々と防いでいるミューラの背を見ながらそんなことを考える。片手剣を手に反撃に攻じるミューラの背を追いかけ、ルイネもリザードマンへと殴撃を放つ。
ミューラとルイネの背後から、シュレンによって紫色の石が投げ込まれる。紫色の石は地面にぶつかると同時に紫電のような光を放ち、リザードマンの魔力に釣られて近づいてきていた他のモンスターを牽制する。
「ルイネ、次そっちのハーピー行くわよ!」
「了解!」
ミューラは鋭い斬閃でリザードマンに留めを刺すと、リザードマンと戦っている間に近づいてきていたハーピー二体へと向けて剣を構え直す。
ハーピーが突き抜けるような高音を口から発した。魔力の振動が空気を揺らした。
そのとき、ルイネはハーピーのものとは違う魔力の匂いを感じた。微かに残るリザードマンの魔力の残滓とも違う。ミューラが盾を手に、ハーピーが放った目には見えない波動を――盾では防げないはずの状態異常系魔法を防いでいた。
(ミューラさんの盾からかなり濃い魔力の気配を感じる……魔法攻撃無効化の魔法……?)
ミューラは盾役の剣士だ。少なくとも魔法が使えるなんていう話は本人から聞かされてはいない。
腕のいい職人が作った装備なら、魔法攻撃無効化が付与されたものも少なからず存在すると聞く。しかし、それらは希少なために、値段が張るはずだ。それも、これほどまでに強力な効果を持つものであれば、とてつもない金額であることは予想に難くない。
(腕がいいとはいえ、銀級でこんな装備が買えるもの……? ミューラさんって一体……?)
脳裏に次々と浮かぶ疑問をルイネは無理矢理思考の隅に追いやり、地面を蹴って宙へと飛び上がる。彼女はメイスを最上段に構えて振り下ろし、一体のハーピーを思い切り地面に叩きつけた。ハーピーは地面に叩きつけられた衝撃で動かなくなる。
ルイネが隣を見れば、ミューラが突きを放ち、剣でもう一体のハーピーを貫いていた。その動きは最小限かつ洗練されている。女性が扱うには大きな盾と剣をこれほどまでに扱っておきながら、彼女には余裕がある。
すごいな、と思いながらルイネは構えを解く。まだ辺りにはハーピーの残した魔力の匂いが漂っているが、さっさと通り過ぎてしまえば、これ以上ここでモンスターに襲われることはないだろう。
ミューラは剣を鞘に収めると、隊商の先頭の馬車の御者台へと近づいていく。グレーの中折れ帽とジャケットを身につけた壮年の男――この隊商の頭であり、今回の依頼主であるマレインへとミューラは今しがたの戦闘の報告をする。
「マレイン殿。行手を阻んでいたモンスターを掃討しました。今のうちにどうかお早く」
「ああ、わかった。今のうちに急いで通り抜けてしまおう。助かったよ」
戦闘中、少し手前で馬車を止めていたマレインは、馬へと鞭を入れる。ギィっと車輪が軋む音を立て、馬車が前へとゆっくりと動き始めた。その後ろを交易品や旅の必需品を積んだ馬車が十台ほど連なって進んでいく。
ミューラは近くの木に繋いでいた馬の手綱を解くと、鬣と手綱を掴む。左の鐙に左足をかけると彼女は軽快な動きで馬へと乗る。
「ルイネ、シュレン、私たちも行きましょうか」
ミューラは二人に声をかけると、脚で馬体を軽く圧迫し、馬を歩かせ始めた。ルイネは独力では馬を動かせないシュレンを先に鞍上に押し上げると、「せえの、っと」自身も勢いをつけて体を馬上へと引き上げる。
「シュレン、ちゃんと捕まっててね」
「うん」
薬品の匂いがするシュレンの腕が自分の胴に回されたことを確認すると、ルイネは脚で馬へと発進の合図を送る。
ぽくぽくぽくぽく。二人を乗せた馬はゆっくりとした動きで歩き出す。
ルイネは手綱を操って、先に行ったミューラを追いかける。流れていく馬車の群れに合流すると随従するように、モンスターに警戒しながら街道を東へと進み始めた。