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第二章:銀級の女剣士①

 ルイネとシュレンがコバールから帰還して数日が過ぎた。コバールへの荷物運びの依頼(クエスト)だけでなく、街道に大量発生したトレントを掃討した功により、二人は正式にヴォルテックスの冒険者ギルド所属の銅級(ブロンズ)冒険者として認められ、ギルドマスターであるヴァレットから冒険者ライセンスを与えられた。

 その日、二人はヴォルテックスの西郊に巣を作って旅人を襲っているキラービーを討伐するという依頼(クエスト)を受けていた。先日とは違い、危ない目に遭うこともなく、二人は依頼(クエスト)をこなすと、陽の高いうちからヴォルテックスのギルドに帰還していた。

「ジャレットさん、依頼(クエスト)終わったので手続きお願いします! あとついでにアイテムの換金も」

 ルイネは依頼書を取り出すと、キラービーを討伐した証拠品であるキラービーの巣をでんとギルドのカウンターに置いた。ついでに街道はずれで狩ってきたアルミラージの毛皮やツノ、タランチュラの糸の束などをルイネはカウンターの上に並べていく(他にもマイコニドから採取した胞子があったのだが、錬金術(アルケミー)の材料になるとかでシュレンの取り分になった)。

「んー、どれどれ」

 ジャレットは依頼(クエスト)達成の証拠品とルイネたちの戦果に視線を走らせる。ジャレットはカウンターテーブルの上に並べられたアイテムに問題がないことを確認すると、依頼書へと何かをさらさらと書き込んでいった。そして、彼はルイネに羽ペンを渡すと、依頼書の下部に代表でサインをするように促した。

 ルイネがサインを書き綴り、ジャレットへ依頼書を返すと、ジャレットはカウンター内部の引き出しを開け、じゃらじゃらと硬貨を取り出した。

依頼(クエスト)の達成報酬が金貨五枚、それ以外のアイテムの買い取りが金貨一枚だ」

 ジャレットは六枚の金貨をそのままルイネの手のひらにちゃりんちゃりんと落としていく。ありがとうございます、とルイネは金貨を受け取ると、半分の三枚を隣にいるシュレンに渡した。

「はい、これ、シュレンの分」

「うん、ありがと」

 一日に金貨六枚という収入は、冒険者としては少ない方だ。日々の宿代や飲食代、装備品のメンテナンスなどの諸費用を差し引くと大した額は残らない。錬金術(アルケミー)のための素材にお金がかかるシュレンの手元に残る額はおそらくルイネ以上に微々たるものだろう。冒険者という職業はそれでも普通に働くよりは高収入だとはいえ、これではシュレンがリンシュ大陸に渡る日はかなり遠いものとなるだろう。

「ルイネ、明日やる依頼(クエスト)探そう。掲示板に新しい依頼(クエスト)張り出されてるみたいだし」

 シュレンに誘われ、ルイネは大量の依頼書が貼られた壁際の掲示板へと近づいていく。カウンターやテーブル席で既に酒盃を傾けていた冒険者たちがちらちらと二人へと視線を向けてくる。二人に向けられる視線の意味は、ルイネがこのギルドを訪れた初日とは別なものへと変わっていた。

 冒険者ライセンスの発行すらまだの、駆け出しの銅級(ブロンズ)冒険者が街道で大量発生したトレントを掃討したらしい。それが水色の髪の棍使いの少女と茶色の髪の錬金術師(アルケミスト)とやらの少年らしい。

 一体一体はさほど強くはないとはいえ、お世辞にも雑魚とはいえない強さのモンスターを駆け出しのど新人が大量に倒してしまうというのは異例の事態ではあった。そのため、簡単な依頼(クエスト)をこなして日銭を稼いで暮らす他の銅級(ブロンズ)冒険者たちからは一目置かれ、銀級(シルバー)以上の冒険者たちからも見込みのある二人組として見られていた。

「ルイネ、明日は素材集めの依頼(クエスト)とかどう? スコーピオンの殻集めだって」

「えーそれ、量多くてしんどくない? それよりはこっちのオークの毛皮十体分の依頼(クエスト)の方がよくない? こっちのほうが報酬もいいし」

 そんなことをルイネとシュレンが二人で言い合っていると、背後から人影が近づいてきた。

「ちょっといいかしら?」

 知らない女の声が背後からかけられ、へ、と間抜けな声を上げながら二人は振り向いた。二人の背後にはすらりとした体つきの黒髪紫目の女が立っていた。年齢は二十歳をいくつか過ぎたくらいだろうか。長剣と盾を背負っており、おそらくは盾役(タンク)なのだろうと察せられた。

「あなたたち、今この支部で噂の新人コンビ――棍使いのルイネと錬金術師(アルケミスト)のシュレンよね? はじめての依頼(クエスト)の帰りに街道で大量発生したトレントを掃討したっていう」

 ええまあ、とルイネは頷いた。ルイネはその特徴に当てはまる銅級(ブロンズ)冒険者の二人組を自分たち以外に知らない。

「ええと、失礼ですけど、お姉さんはどちら様ですか?」

 シュレンに問われ、そうだったわと()()()()()()女は苦笑した。

「私はミューラ・アンリース、剣士よ。何日か前まで、西のガペリア支部所属の冒険者だったんだけど、ヴォルテックスのほうが稼げるって聞いて転属してきたの。ところで二人とも、この辺りで地道にモンスターを狩るのもいいけれど、てっとり早く稼げる依頼(クエスト)に興味ないかしら?」

「……何かの詐欺の類なら他を当たってくれますか?」

 シュレンはじっとりとした半眼で自分より高い位置にあるミューラの顔を見る。確かにミューラの口ぶりは怪しげな勧誘の口上そのものである。

 ごめんなさいそうじゃないの、とミューラはぱたぱたと顔の前で手を振る。そして、彼女は紫色の視線を掲示板の上部へとやると、

「そこの上から二番目にある隊商の護衛の依頼(クエスト)。よかったら一緒に組んで仕事しない?」

「あたしたち、この前冒険者になったばかりの新人ですよ? まだこの手の依頼(クエスト)は早いと思うんですけど……」

 ミューラの申し出に、ルイネは躊躇した様子を見せる。モンスターの討伐や素材集めといった、自分たちの身の安全にさえ気をつけていればいい依頼(クエスト)に比べ、誰かを守りながら戦うというのは難易度が高い。しかし、大丈夫よとミューラは胸を張ると、

「自分で言うのもなんだけど、私そこそこ強いのよ。とはいえ、一人でこの依頼(クエスト)受けるのは荷が勝ちすぎるから、誰かと一緒に組めたらって思ったの」

 ミューラは外套の内ポケットを弄って冒険者のライセンスカードを取り出した。氏名の上には、銀色で冒険者ギルドのエンブレムが刻まれている。

銀級(シルバー)冒険者……!」

 ミューラのライセンスカードを目にしたルイネは驚いたように声を漏らした。ミューラが自分で強いと豪語する理由も納得である。

「でも、僕たちじゃ銀級(シルバー)の人の足手纏いになっちゃいませんか?」

「そんなことないんじゃない? 私、さっき、他の冒険者の人たちにあなたたちのことをいろいろ聞いたんだけど、あなたたち評判いいもの」

 そこまで言われて悪い気はしない。ルイネとシュレンは顔を見合わせる。

「ルイネ、どうする?」

「あたしは別にいいと思うけど? 三人で分けることを考えてもこの報酬は破格だよ。それにシュレンには早くお金を稼がなきゃいけない理由があるでしょ」

 やろう、とルイネはシュレンへと畳み掛ける。シュレンはしばらく迷っていたが、最終的にはわかったと首を縦に振った。

「それじゃあ、ミューラさん。あたしたちでよければ、一緒にこの依頼(クエスト)受けましょう。なるべく足を引っ張らないないようにあたしもシュレンも頑張るので」

 それじゃ決まりね、とミューラは紫の目を片方瞑ると、掲示板から依頼書を剥がした。

「二人ともライセンスカードを出してもらえるかしら? 受注手続きに必要だから」

 そう促されて、ルイネとシュレンは銅のエンブレムが刻まれた真新しいライセンスカードを取り出すと、ミューラに預けた。

「私、この三人の連名で依頼(クエスト)の受注手続きしてきちゃうわね。それじゃあよろしく、ルイネ、シュレン」

 ミューラは三人分のライセンスカードと依頼書を手にジャレットのいるカウンターのほうへと向かっていく。

「……なんかすごいことになっちゃったね」

「でも、やるからには頑張らないとね」

「明日の朝出発って書いてあったから、今日中にいろいろ準備しないとね。三食保証つきって書いてあったけど、何持ってけばいいんだろ」

「僕の方はこの後色々調合しておかないと。今回は自分たちの身だけじゃなく、他の人や荷物も守らなきゃいけないんだから、いくら準備しても準備しすぎってことはないだろうし」

 成功報酬が美味しいからいいけど、準備のための出費が痛いなあとシュレンは自分の懐事情を鑑みて頭を抱えた。まあまあ、と苦笑まじりにルイネは彼を宥める。そんなやりとりを交わす二人は、ジャレットがミューラの冒険者ライセンスの裏面を見て渋い顔をしたことに気づくことはなかった。


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