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エピローグ:斯くして日常は続く①

 ロマサス鉱山から鉱夫たちを救出した翌日。一日グルゴスで体を休めたルイネたちはヴォルテックスへと帰還していた。

 四人は役場の前を通り過ぎ、屋根の上に小さな赤い旗がたなびく建物の扉を開けた。外壁に焼け焦げの跡が刻まれていたり、割れた窓が無理やり板で塞がれたままになっているのは相変わらずだ。

 ルイネたちが冒険者ギルドの中に足を踏み入れると、他の冒険者たちがちらりとこちらを見、何事かひそひそと囁き交わし始めた。どうやら自分たちよりも一足先に噂だけがヴォルテックスに帰還していたようだった。

「あいつら、あの氷漬けにされた鉱山の中に入ったらしいぞ」「それどころか氷竜を魔法でずたぼろにしてやっつけたとか聞いたんだけど」「え、あのエルフの小娘、そんな強いの?」

 耳の早い冒険者たちの言葉など気にすることもなく(しかも一部情報が間違っているし)、ルイネはジャレットのいるカウンターへと歩み寄った。彼女はケープの内側から、依頼書を取り出すとカウンターの上に広がる。その依頼書には、グルゴスの町長によって、ルイネたちが依頼(クエスト)を達成したことを証明する旨の文章が(したた)められていた。

 ジャレットは羽ペンを依頼書に走らせ、依頼(クエスト)完了の手続きをしながら、しみじみと口を開く。

「昨日からお前たちに関する噂がいろいろと聞こえてきてはいたが、本当だったんだな。一昨日は駄目元でお前たちを送り出したが、本当にやり遂げるとは思っていなかった」

 ですよね、とルイネは苦笑する。自分たちはミューラを除いた三人が駆け出しの銅級(ブロンズ)だ。他の銀級(シルバー)金級(ゴールド)の冒険者たちがどうにもできなかったこの一件を、鉱山をめちゃくちゃにしてしまいこそすれ、自分たちが犠牲者一人出さずに収めてしまえるなど誰が予想できただろうか。

 ジャレットは羽ペンと依頼書をルイネへと戻しながら、

「ほれ、これにサインしろ。お前には一応伝えておくが、今回の一件でロマサス鉱山は閉山することになりそうだ。そうすると、鉱山業で栄えてきたグルゴスの今後は苦しいものとなる。当事者のグルゴス、国と近隣の各業界のギルドが協力を重ねて、今後のことは考えていくことになるだろう」

「そう、ですか……」

 ルイネはサインを書き上げると、唇を噛んだ。ふう、とジャレットは小さく息をつくと、

「まあ、何にしてもお前たちは金級(ゴールド)が何人かかっても成し遂げられなかったことをやってのけた。それだけは誇っていい。礼金も依頼者であるグルゴスの鉱山ギルドからたんまり受け取っている。今日のところはそれを使ってちょっとくらい羽目を外したところでバチは当たらねえよ」

 そう言うとジャレットはカウンターの下からみっちりと金貨の入った皮袋を取り出した。そして、ルイネは自分が受け取った皮袋のずっしりとした重みに目を丸くする。

「それがお前さんたちが救った命の重みだ。ああすればよかった、こうすればよかったと思うところもあるかもしれねえ。この業界は綺麗事じゃ片がつかないことも多いかも知れねえが、それは忘れないでいてくれ。……ま、鉱山ギルドにはだいぶ報酬に色をつけてもらったんだけどな」

 お前さんたちのおかげでうちのギルドもがっぽがっぽよ、とジャレットは笑った。

 ぽん、と報酬の袋を手にしたルイネの肩が叩かれた。誰かと思えば、意外にもフェンネルだった。

「何ですか、フェンネルさん。うちのパーティはフェンネルさんが言ったように、責任も報酬も全部四分割ですよ。今こうしてここにいられるのはフェンネルさんの考えた作戦がうまくいったおかげだとはいえ、フェンネルさんにだけ多く分けたりなんてしないですから」

 ルイネの赤いジト目に、オレって信頼されてないなあ、とフェンネルは藍色の目に苦い表情を浮かべた。

「フェンネル、あなたの経歴を考えたら、ルイネの反応は妥当だと思うけれど?」

「ミューラこそ抜け駆けしないでよ、ミューラ守銭奴じゃん」

「ちょっと、大人二人で揉めないでください。まったく、二人とも仲良いんだか悪いんだか……。ああ、あと大人な意味で仲良くするなら僕たちの目のないところでやってくださいね。ルイネの教育に悪いので」

「しないわよ! こんな男、こっちから願い下げだわ!」

「ねえ、シュレン、大人な意味って?」

「……ルイネが知らなくていいやつだよ……ねえ、ルイネはいつまでもそのままのピュアなルイネのままでいてね……」

 う、うん、とよくわからないながらもルイネは頷いた。そして、ルイネたちは近くのテーブルを陣取るとジャレットから受け取った報酬の袋の方を解く。

 ルイネはパーティを代表して、袋の中の金貨を十枚ずつ重ねて並べていく。一つ、二つ、と金貨の束は増えていき、最終的に金貨の束は二十個になった。

「これだけあると、一人五十の分前になりそうだね。鉱山の中のモンスターは普段から人が出入りしているだけあって雑魚ばっかりだったし、氷竜の素材も取り損ねたから、素材からの収入は見込めないけど、それでも上々だね」

 そんなことを言いながら、ルイネは報酬の金貨を五十枚ずつに分ける。シュレンは複雑そうな顔で自分の取り分を引き寄せて財布にしまいながら、

「これだけ稼いでも、いなかった間の宿代も払わないといけないし、今回は貴重な素材をいろいろ使ったから収支としては危険の割に微妙なんだよなあ……。はあ……これじゃあ、僕がリンシュ大陸に渡る日はまだまだ遠いなあ……」

「じゃあ、シュレン。オレと一緒に一攫千金やってみない?」

「嫌ですよ。フェンネルさんの持ってくる儲け話なんてどうせ犯罪絡みでしょう? 僕みたいな前途ある青少年に犯罪の片棒を担がせようとしないでください」

「やだなあ、シュレン。偏見だよ。オレはちょーっとカードで楽しく遊んでさくっとお金稼がない? って言ってるだけなんだけど」

「カード遊び? それならあたしもやってみたい! シュレンもやろうよ」

 ギャンブルのなんたるかを知らないルイネは無邪気にシュレンをカード遊びに誘う。ミューラは駄目よ、と二人に釘を刺すと紫の目でフェンネルを睨んだ。

「フェンネル、ルイネもシュレンもまだ子供なんだから、悪い遊びに誘わないで欲しいわね。二人とも、ギャンブルに手を出すような大人になると、しまいにはフェンネルみたいになるわよ」

「えー、別にギャンブルくらいいいじゃんー。ミューラって本当辛辣ー」

「あなたが大人としてダメすぎるのよ」

「……ミューラさんがそれを言うかあ……」

 シュレンは小さく呟いた。しかし、その言葉はミューラには届かなかったのか、彼女は話を続ける。

「それはそうと、ジャレットさんも言っていたけれど、今日くらいはぱーっと美味しいものでも食べましょう。いつもの宿のご飯もいいけれど、この街には美味しいものはいくらだってあるはずだし」

 いいですね、とルイネは顔をぱっと明るくして、ミューラの言葉に一も二もなく飛びついた。ルイネはこの街を訪れてから、かねてより行ってみたいと目をつけていた店の名前を口にする。

「ミューラさん、『四ツ葉亭』とかどうですか? あたし、あそこのお料理、ずっとおいしそうだなって思っていたんですけど、予算オーバーですか?」

 ルイネの提案に、んー……と、ミューラは少し考え込む素振りを見せたが、やがて、にっと口元を綻ばせた。

「まあ、ちょっと高いのは事実だけれど、今日くらいはいいんじゃないかしら。万が一足が出るようならフェンネルに皿洗いでもさせて充当すればいいし」

「え、ええええ……何でオレだけ……」

 げんなりするフェンネルを尻目に、シュレンはそれはいいですねとミューラに同意する。

「まあ、フェンネルさんはいい加減真っ当な方法でお金を稼ぐことを覚えた方が良さそうですからね」

「そう決まったら、とりあえず宿屋に戻って荷物置いてきませんか? せっかくいいお店で御飯食べるなら着替えもしたいし」

「ルイネに至ってはスルーなの!?」

 ルイネたちは夕飯の方針を決めると、各々財布を荷物の中にしまう。そして、彼らは憤慨するフェンネルをずるずると引きずりながら、冒険者ギルドを出ていった。


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