第四章:最後の嘘が解ける時④
冒険者ギルドで依頼を受けたルイネたちは、ヴォルテックス北郊の街道沿いを訪れていた。
蛇系のモンスターは視覚が弱い代わりに他の感覚に優れている。意外にもフェンネルは、出発前に豪語してみせた以上の活躍を見せていた。
フェンネルは使い込まれたリュートを構え、聴く者の不安を掻き立てるような暗く陰鬱な短調のメロディを奏でる。彼の奏でる音色は目に見えない魔力と変わり、ブラックデススネークたちへと纏わりついた。魔力の波に直接内耳を揺さぶられたブラックデススネークたちは怯えて丸まり、とぐろを巻いている。
その隙にルイネはメイスを手にブラックデススネークたちへと向かって駆ける。勢いと体重を乗せて、ルイネは薙ぐような動きで巨大な蛇たちを叩き伏せる。倒れざまに最後の抵抗を見せた一匹のブラックデススネークの牙がルイネの手を掠った。
「ルイネ!」
すぐさま背後から水色の液体が入った試験管が飛んできて、ルイネは負傷したのとは逆側の手でそれを掴んだ。負傷した側の手は、毒の周りが早く、既に痺れて上手く動かない。ぶわっと吹き出した脂汗がルイネの水色の生え際と白い耳あて帽子の縁を濡らしている。
ルイネは口で試験管の蓋を外すと、中身を喉の奥へと流し込む。血管を伝って成分が体内に浸透していくにつれて、ルイネは毒で麻痺していた手が自由を取り戻していくのを感じた。
額に浮いた脂汗を手の甲で拭うと、ルイネはメイスを構え直す。「シュレン、ありがと! 助かった!」そう叫ぶと、ルイネは再び黒い大蛇の群れの中へと体を躍らせた。
ルイネが解毒を試みている間も、ミューラは剣と盾を手にブラックデススネークたちを相手取り続けていた。すらりとした細身には似合わない膂力の乗った重い斬撃は、彼女へと牙を向いていた蛇の頭を地面へと落とした。
「ミューラさん、気をつけて。そいつ、ちょっと掠っただけでも結構毒きついので」
「了解。それにしても、倒しても倒してもキリがないわね」
そのとき、背後から麗らかな春の日差しを思わせるような優しく柔らかな音色が響いた。フェンネルのリュートから発せられた魔力がルイネの体を包む。ルイネは体がほんのりと温かくなり、先ほどの毒で消耗した体力が補われていくのを感じた。
「フェンネルさんも、ありがと!」
ルイネは軽く手を上げ、後方のフェンネルへと礼を言う。返事代わりにフェンネルのリュートの弦がじゃらんと鳴った。
そのとき、ヒュッ、ヒュッとルイネの背後で何かが飛ぶ音がした。ルイネがその音を認識すると同時に、シュレンから注意が発される。
「ルイネ、ミューラさん、避けて!」
何事かとルイネが振り返ると、シュレンが投擲した薬品の入った試験管数本が飛来してきていた。
顔すれすれのところを飛んでいった試験管をルイネは薄い胸を逸らして躱す。ミューラもさっと身をかがめて危なげない動きでシュレンの投げた試験管を避けた。
試験管の数々がブラックデススネークたちの体表に着弾すると、ガラスの破片が砕け散る。ガラスの破片と一緒に中の液体が飛散し、辺りを白い霜が覆っていく。
強制的に体温を下げられたことにより、ブラックデススネークたちの動きが鈍っていく。蛇系モンスターである彼らは寒さに弱いのだ。シュレンが作ってくれた隙を逃すまいと、ミューラはルイネへと合図を送った。
「ルイネ! 一気に畳み掛けるわよ!」
大地を蹴ったミューラの結い上げた黒髪が靡く。彼女は一閃二閃とブラックデススネークたちの首を斬り伏せていく。ルイネも彼女に遅れまいとメイスを上段に構えて飛び上がった。
「――はあっ!」
ルイネは、首の後ろや尾など、急所を狙ってメイスを何度も何度も振り下ろす。斬撃と殴撃が寒さで弱ったブラックデススネークの群れの上を飛び交った。
しばらくの後、街道脇には血の匂いが立ち込め、大量の巨大な蛇の屍が積み上がっていた。完全にブラックデススネークたちが完全に事切れたことを確認すると、ルイネは無造作に蛇の屍に近寄り、固い牙を軽々とメイスで叩き折った。シュレンは分厚い革のグローブを嵌め、折れた牙から滴る毒液に触れないように気をつけながら地面に転がった牙を回収していく。
「ルイネってば、もうちょっと丁寧に扱ってよ。討伐の証拠品であることもさることながら、状態が良ければ素材としても高く買い取ってもらえるんだから」
「そんなこと言っても、時間かけるとブラックデススネークの魔力に反応して他のモンスターが集まってきちゃうし」
「まったくもう……」
ぶつぶつと苦言を呈しながら、シュレンは牙を背嚢にしまっていく。ミューラは地面に屈み込むと、ブラックデススネークの死体から、慣れた手付きで手早く鱗を剥いでいく。
「フェンネル、あなたも手伝いなさいよ」
ミューラに促され、フェンネルは彼女たちが倒したブラックデススネークの山の脇へと膝を折って屈み込むと、嫌そうな顔で蛇の鱗に手を伸ばしながら文句を口にする。
「嫌だなあ。オレ、指痛めるようなことしたくないんだよねえ。ほら、楽器も女性も扱うときは繊細な指遣いが要求されるからさあ」
緑から藍色に変わった双眸をにやつかせながら、フェンネルはミューラの顔を覗き込む。
フェンネルの手は男性のものにしては細く美しい。しかし、同時に男性らしく筋張ったこの手によって、先日、ギフリムで自分はいいようにされてしまったのかと思うと、ミューラの顔は赤くなった。
「なっ、何寝ぼけたこと言ってるのよ変質者」
「あれ、ミューラってば、顔真っ赤にしてどうかした? ――もしかして、あの夜のこと考えちゃった?」
「う、うるさいわよ。そんなことよりさっさとブラックデススネークの鱗回収してしまっちゃいなさいよ」
何やら言い合ってる大人二人を横目にシュレンは嘆息する。
「あの二人は一体何をやってるんだか……」
ルイネはメイスでブラックデススネークの牙を叩き折りながら、小首を傾げる。
「ねえ、シュレン。フェンネルさんってミューラさんのこと好きなの? あれって所謂、口説いてるってやつでしょ?」
「うーん、あれは口説いてるっていうか、フェンネルさんが一方的に弄んでるって感じじゃないかなあ。ほら、フェンネルさんってちょっと軽い感じするでしょ?」
「あー」
ルイネが納得した様子を見せると、シュレンは大人二人を半眼で見やる。
「お二人とも昼間っからこんなところでいちゃついてる暇があったら、さっさと作業進めてください。こいつらの魔力に吸い寄せられて他のモンスターが来ますよ」
「それは夜、ヴォルテックスに帰ってからなら、ミューラと水入らずでしっぽり過ごしてもいいということかな?」
「冗談じゃないわよ、馬鹿言わないで!」
ミューラは声を荒らげて憤慨した。しれっとした顔で卑猥なことを当たり前のように口にするフェンネルをシュレンは汚いものでも見るかのように、
「……ミューラさんはこう言ってますけど?」
歳の割に純真で色恋沙汰に疎いルイネはきょとんとした顔で、
「ねえ、シュレン、”しっぽり”って何?」
「ろくなことじゃないから、ルイネは知らなくていいよ」
シュレンは氷よりも冷たい視線でフェンネルを刺す。フェンネルの経歴を鑑みれば、彼がミューラとの間に何らかの手段で既成事実を作り、それを弱みとして握っている可能性は大いにありうる。
(何かあったとしたなら、この前のギフリムの夜かな。二人でこそこそどこかに行った様子があったし、あの後からミューラさんのフェンネルさんに対する態度が少し変わった気がする)
これ以上、フェンネルがミューラに変な関わり方をする前に、釘を刺しておいたほうがいい。そう判断したシュレンはありったけの軽蔑を口調に込めて、
「それより、フェンネルさん。ミューラさんが嫌がることを強制するなら、タマナシになってもらいますよ。男性のアレは錬金術の素材として非常に希少性が高いですから」
シュレンの言葉にひぃっとフェンネルは顔を引き攣らせる。せめてもの抵抗のようにフェンネルはズボンの股の部分を両手で隠しながら、狼狽したように叫ぶ。
「え、ちょっ、待って待って、今のはアレだよ、ただのコミュニケーションだよ!」
フェンネルの弁解を随分と下品なコミュニケーションですねとシュレンは鼻で笑うと、更にこう畳み掛けた。
「何なら最近読んだ学術書に載っていた薬をフェンネルさんで試すのでもいいですけどね。――なんでも男性を種無しの不能にする効果があるとか」
「な、仲間内でこういうのってよくないよね! もうミューラにちょっかいかけたりしないから、それだけは! それだけはやめてくれ!」
わかったならいいんですよ、とシュレンは口の端を釣り上げる。冷たい笑みだった。
「それじゃあ、フェンネルさん。今、フェンネルさんがやるべきことは?」
「素材の回収です……」
フェンネルは項垂れるとブラックデススネークの体表へと手を伸ばし、鱗を毟り取り始めた。
生殖能力が低く、そういった欲も薄いエルフであるルイネには、シュレンとフェンネルが何を話していたのかさっぱり理解できなかった。ルイネはシュレンが戻ってくると、純粋な疑問からこう聞いた。
「ねえ、シュレン。タマとか種とか不能とかって何?」
シュレンは頭でも痛いかのように、グローブをつけていないほうの手をこめかみに当てる。
「ルイネ。君はそのままの君でいてくれていいよ」
「う、うん……?」
釈然としないながらもルイネは返事をする。そして、彼女は自分の荷物から厚手のグローブを取り出すと、地面に積み上がったブラックデススネークの鱗を背嚢へと詰め込み始めた。




