第一章:目は口ほどに物を言う①
石が幾重にも積まれた壁がぐるりと街の外周を囲んでいた。人間の街というのはこういうものなのか。生まれ育ったシウィスーヤの森以外の集落を初めて目にしたルイネは興味深さで血赤の双眸を瞠った。
これが古今東西の文化が混ざり合う自由都市ヴォルテックス。話には知っていても、初めて自分の目で見る人間の街にどきどきそわそわと落ち着かなく心が動くのを感じながら、ルイネは検問の列へと加わる。
名前やヴォルテックスを訪れた目的。門前を守る衛兵たちとの簡単な問答を経て、旅人たちはどんどん街の中へと吸い込まれていく。
ほどなくして、ルイネの順番が回ってきた。
「お前さん、名前は? それとこの街に来た目的を言え」
壮年の衛兵の男に問われ、ルイネはすうっと息を吸うと胸を張った。そして、彼女は頭ひとつ分高い位置にある男の目を見返すと、口を開く。
「あたしはルイネ・フェリシタル。冒険者になりたくて、この街に来ました」
ふうんだかほおんだか、男はいまいち興味なさげな相槌を漏らす。そして、彼はルイネの頭を覆うもふもふとした耳当て帽子に視線をやると、
「お前さん、珍しいものを被ってるな。確か、北方の民族衣装かなんかだったか。もしかして、北の――ギルーア帝国の出身か?」
「ええ、まあ……そんなところです」
ルイネはぱちぱちと目を瞬かせると、適当に言葉を濁した。ルイネの生まれ育ったシウィスーヤの森は北には違いなかったが、ロスラエナ王国内である。ギルーア帝国はシウィスーヤの森の更に北にある国境の山岳地帯を越えた先にある国で、国土のほとんどが永久凍土と化している。
衛兵の男は憐れむような目をルイネへと向けると、
「ギルーア帝国は貧しいらしいとはいえ、お前さんみたいな子供が冒険者として出稼ぎにこないといけないなんて、つくづく世も末だよなあ……お前さん、見たところ、十五、六ってとこだろう?」
そうです、とルイネは頷いた。本当はそんな可愛らしい年齢ではないが、素性を隠すと決めて森を出てきた以上、実年齢は適当に誤魔化しておいたほうが都合がいい。
ルイネたちエルフは、通常の人間の十倍を超える時を生きる長命種だ。ルイネは先日、百五十歳の誕生日を迎えたばかりだったが、耳さえ隠していれば、外見的には十五歳といえば普通に信じてもらえる程度の容姿をしていた。
「まあ何にせよ頑張れよ。お前さんがこの街で勇名を馳せる日が来るよう、俺は応援してるよ」
行ってよし、とヴォルテックスの街へ足を踏み入れることを許可されたルイネは、男の表面上だけのリップサービスに微苦笑を浮かべる。
「ありがと。それじゃあ、おじさんもお仕事頑張って」
おざなりなエールを送り返し、ルイネは門の向こう側に足を踏み入れようとして、男を振り返った。
「そうだ。冒険者ギルドの場所を教えてくれない?」
「冒険者ギルドなら行政地区――そこの目抜き通りをまっすぐ進んで三つ目の角のところだ。街長の家と役場に隣接している、屋根の上に剣と盾の紋章の赤い旗が立っている建物だ。行けばわかる」
「そっか、わかった」
それじゃあね、とルイネは門前の男に軽く手を振った。そして、家々や商店が軒を連ねる目の前の壮大な街並みを見上げると、彼女は目的地へと向かって、目抜き通りを歩き始めた。