第四章:最後の嘘が解ける時②
翌朝、ルイネたちがスープとオムレツの朝食を摂っていると、髪色を亜麻色から濃茶に、目の色を緑から藍色に変えたフェンネルが遅れて客室のある階上から姿を現した。昨日までは全体的に無造作に下ろされた色気のある風貌だったのに対し、今日は前髪はオールバックに固められ、後れ毛はうなじで結えられた野性味が見え隠れするスタイルだ。
一瞬、誰だかわからなかったが、顔の造作からフェンネルであることに気づいたルイネは食事の手を止めると明るく声をかける。
「あ、フェンネルさん、おはよー! もしかして、それ、シュレンに作ってもらったやつ?」
「随分と印象が変わったけれど、白目が真っ赤よ。色男も形無しね」
フェンネルに紫の視線を向けると、ふふ、とミューラは小馬鹿にしたように鼻で笑った。フェンネルは両目を手でごしごしと擦りながら、
「昨日、シュレンに言われた通り、自分でやってみたけど、めっちゃ目がごろごろして痛いんだけど! ねえ、これもしかしてオレ失明するんじゃないの!?」
喚くフェンネルを横目に、澄ました顔でシュレンはナイフとフォークでオムレツを切りながら、
「フェンネルさん、どうせ目のやつつけるのに手間取ったんでしょう?」
「……三十分くらい」
やれやれ、とシュレンは溜息をつくと、
「多分それ、何回も付け直してる間にガラスに埃やゴミがついちゃってます。朝食済んだら、一回外して洗って綺麗にしないと本当に失明しますよ、それ」
「他人事だと思ってさらっと怖いこと言ってくれるなよ! っていうか目の中に指突っ込むとか無理だって!」
「無理でもやってください、付けられたんだから外せないわけないでしょう」
整ったせっかくの顔立ちを歪めて喚き散らすフェンネルとあくまでも淡々として冷静なシュレン。昨日よりも格段に仲良くなっている二人の様子にルイネは赤い目を丸くする。
「ミューラさん、あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんでしょう?」
「昨夜、フェンネルの部屋が騒がしかったし、いかがわしい話でもして盛り上がったとかじゃないかしら? 男の人って、他人と距離を縮めるためにそういう話をしがちだから」
へえ、とルイネは半眼でじっとりとあーだこーだと言い合っている男二人を見やった。すると、不快げなルイネの視線に気づいたシュレンは顔の前で手を振り、彼女へと弁明を試みる。
「違うから! 誤解だから!」
容姿は良くとも、女性を弄ぶ軽薄な男と同列に自分を語られたくなかった。決して褒められた育ちではない自覚はあったが、それでもさすがにこの男ほどの下衆ではないという自負がある。
ふうん、といまいち納得していなさそうな顔でルイネはしばらくシュレンとフェンネルを見比べていたが、まだ手のつけられていないフェンネルの分の朝食に気づくと、
「とりあえずフェンネルさん、座って朝ごはん食べたらどうですか? スープは冷めちゃうし、オムレツも固くなっちゃう」
「う、うん」
ルイネに促され、フェンネルは彼女の向かいの席に腰を下ろした。スープは少し冷たくなっており、元は半熟だったオムレツも黄身が完全に固まってしまっていた。
眼窩から流れ出る涙を時折、手の甲で拭いながら、フェンネルが冷たくて妙にしょっぱい朝食を平らげると、ルイネたちと食後のコーヒーを啜っていたシュレンは彼へとこう言い放った。
「フェンネルさん、五分待ちます。なので早く目のやつ付け直してきてください」
「いや、五分って! さっき付けるのに三十分かかったって言ったじゃん! 五分は無理だって!」
「そうはいうけれど、私たち、さっきからあなたにずっと待たされてるのよ? 早くギルドに行かないといい依頼がなくなっちゃうわ。支度に時間がかかるというなら今日は私たちとフェンネルは別行動ね」
血も涙もないシュレンの物言いにフェンネルは憤慨する。うんうんと頷きながら、ミューラはシュレンの言葉に乗っかるようにして追い打ちをかける。
「おねーさんまでそういうことを!」
「……いい機会だから言わせてもらうけど、そのおねーさんっていうのやめてもらえないかしら? ――不快感で虫唾が走るわ」
毒虫を見るようなミューラの冷ややかな視線にフェンネルは肩をすくめると、助けを求めるようにルイネを見た。ルイネは湯気の立つ黒い液体が入ったカップを両手に持ち、フェンネルの顔を見上げると済まなさそうな顔をした。
「フェンネルさん、とりあえず早く支度をしてきちゃってください。シュレンとミューラさんの言う通り、そんなには待てないので」
わかったと肩を落とすと、フェンネルは再度身支度を整えるために、自分が借りている客室のある二階へと階段を上がっていった。




