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第二章:銀級の女剣士③

 その日の夜、街道脇の水場で野営をすることになったルイネたちは、ぱちぱちと爆ぜる焚き火を囲んでいた。面倒な火おこしをシュレンが錬金術(アルケミー)で作った道具一つで一手に担ってくれたため、隊商の面々にいたく感謝されていた。どうやら依頼主のマレインのお気に召したらしく、シュレンは火おこしのために野営地を一回りすると、カゴいっぱいに錬金術(アルケミー)の素材に使えそうな売れ残りの商品を持って戻ってきた。

「いっぱいもらったのねえ」

 感心したようにミューラがカゴの中身を覗き込む。ルイネもシュレンの持つカゴに視線をやる。謎の液体の瓶やら、金属の破片のような物や謎の石ころ、よくわからない草などいろいろなものが詰め込まれている。よくわからないけれど、シュレンはほくほくとして満足げな顔をしているしまあいいかとルイネは肩をすくめた。

「それもいいけど、早く夕飯にしようよ。交代で見張りしなきゃなんだし、早く済ませちゃわないと」

「そうね。ほら、シュレン、座りなさいな」

 ミューラに促されて、シュレンは草の上へと腰を下ろす。マレインからもらったカゴは脇に下ろした。

 ミューラは隊商の人々から分けてもらった食材を鍋にかけ、かき混ぜている。これは匂いからしてブイヤベースだろうか。海から離れたこんな内陸で魚介をふんだんに使った料理が食べられるのは多種多様な品を商う大きな隊商ならではだろう。

 しばらくして料理ができあがり、鍋の中身を隊商から借り受けた木の椀によそうと、ミューラはルイネとシュレンに渡した。

「どうぞ」

 いただきます、と二人は手を合わせると、椀の中身を匙で掬う。濃厚なトマトの味の間から顔を出す魚介の出汁の味わいに舌鼓を打ちながら、二人は夢中で匙を動かしていく。

「ミューラさんって料理上手なんですね」

「これならヴォルテックスのレストランにも引けをとらないですよ」

 椀に残ったブイヤベースにちぎったパンをつけて食べながらルイネとシュレンはミューラの料理の腕を賞賛した。そんなことないわよ、とミューラは苦笑する。

「こんなの慣れよ、慣れ。あとは素材がいいからよ」

「慣れかあ……」

 ルイネは遠い目をした。齢百五十歳のルイネはもう何十年も生きるために料理をしているが、一向に上手くなる様子はない。味にしろ見た目にしろ、口にして腹を下さない程度の出来のものしか作れた試しがない。ミューラのように誰かに振る舞えるような腕ではない。

「あの、そういえば」

 シュレンは食事を食べ終えると、ミューラへと向き直る。そして、彼は気になっていたことを口にした。

「ミューラさんはどうして、冒険者やってるんですか? ガペリアより稼げるからヴォルテックスに来たって言ってたと思うんですけど」

「私?」

 ミューラは食事の汚れを拭うように、()()()()()

「私、故郷に年の離れた病気の弟がいるの。それでお金が必要なものだから、冒険者になったのよ」

 なるほど、とルイネは頷くと、ミューラの脇に下ろされた装備へと視線をやる。

「でも、病気の弟さんのために仕送りをしないといけないって割には高価(たか)そうな装備持ってますよね? それだけ強い魔法攻撃無力化(アンチマジツク)のついた盾ってかなり値段が張るんじゃないですか?」

 ルイネの言葉にミューラはもう一度()()()()()()()()()()

「ああこれ? ガペリアにいたころに、パーティで廃教会に沸いたアンデッドの討伐に行ったことがあったんだけれど、そのときに手に入れたのよ。使い勝手がよくて重宝してるわ」

 へえそうなんですね、と言いながらルイネは盾を覗き込む。魔法攻撃無力化(アンチマジツク)が発動されていないからなのか、盾からはまったく魔力の匂いを感じ取ることができない。

 さて、とミューラは剣と盾を背負うと立ち上がった。

「私、最初の見張り当番だからそろそろ行くわね。悪いんだけれど、二人とも、食事の片付けをお願いしてもいいかしら?」

 わかりました、とルイネとシュレンは頷いた。それじゃあよろしくね、とミューラは結い上げた黒髪を夜風に靡かせながら去っていった。

 先ほど聞いた盾の話やミューラの身の上について、どう思う、とルイネはシュレンに聞こうとして躊躇った。昼間の戦闘中にミューラの盾から感じた魔力の匂いを元に話をしようと思ったら、自分がエルフであるということをシュレンに明かさねばならなくなる。

(駄目。それをシュレンに知られるわけにはいかない)

「ルイネ、どうかした?」

 そう声をかけられ、ルイネは物思いに耽っていた思考をふっと現実に引き戻した。

「あ、シュレン。何?」

「鍋と食器、洗いに行こう。ミューラさんにお願いされたでしょ」

 そうだね、とルイネは地面に置かれていた椀と匙を回収する。鍋を持ったシュレンと並んで、少し離れたところにある川辺を目指して歩き出した。

 日が落ちて少し冷たさを増した風がルイネの頬を撫でていく。夜の色に染まった東の空の端から、月輪が顔を覗かせていた。


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