役作り9
結局、水瀬に言われるがまま寝室に移動した。同じベッドで横になる。表面の荒らされたクリームチーズみたいに、ベッドには皺が寄り放題になっている。
水瀬は俺に背を向けていた。
「どう、これで平井君の腰痛も治るんじゃない?」
「そうかもな」
俺は横の壁を見て、呟く。壁もブルーチーズみたいだ。所々にシミがある。
「腰痛を直すことくらいしか、人生の目的がないものね」
「……俺の人生を何だと思ってるんだ」
「それとも、何か夢があるのかしら」
「作家になりたいって、ぼんやり思ってる」
「本になりたいんじゃなくて?」
「御手洗と一緒にするな。本好きが高じて本そのものになりたいわけじゃない」
時々、水瀬がもぞもぞと身体を動かす。あんまり動かないでほしい。
「夢は叶いそうなの?」
「叶いそうにない」
「私と同じね」
「お前はさ、どうして女優を目指してるんだ?」
「言わなかったっけ、姉さんの受け売りなの」
「へぇ、知らなかった」
水瀬にとってお姉さんの存在は特別なのだろう。入院中の身で、女優として成功した姿を一刻も早く見せたがっている。
「私こそ平井君のこと全然知らなくて、無知だったみたい。言葉の鞭を振るうことはあっても」
「言葉の鞭を振るうなよ、そもそも」
俺たちはお互いのことを知っているようで知らない。
それでも俺たちは側にいる。俺が弱みを握られているから。水瀬が役作りの相手を求めているから。俺が一人暮らしだから。
唐突に、水瀬が身体を返し、俺に触れた。抱き着いた、と言った方が正しいかしれない。
「おい、何して……」
「動かないで」
そのパジャマ越しに、胸部や腹部の感触まである。
「電柱の役作り手伝ってあげてるの」
どんな状況でも動かないように、ということらしい。
「まぁでも、平井君は電柱に詳しいもんね。電柱の陰からよく女の子見てるし」
「見てない」
「文化祭成功するといいわね」
「そうだな、川瀬もクラスのみんなも頑張ってるし」
「ええ、そうね」
口には出さないが、もちろん水瀬も。
「そういえば、文化祭が無事終わったら平井君に話があるの」