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役作り6

 ある日のことだった。水瀬に呼び出され、校舎の裏庭に顔を出した。足元には雑草が芝を作っている。未明の雨の影響で水たまりも残っていた。


「今度の土曜空いてたら撮影現場に来ない? 学園ドラマのエキストラが一人足りないみたいなの」

「俺でいいのか?」

「平井君は演技とエリンギの区別もついてないと思うけど、端役だから大丈夫」

 

 こいつの失礼を今更取り立てることもない。

 足元にあった二つの水たまりの境界面が混ざる。俺が少し足を動かしたせいだ。


「お前は何の役なんだ?」

「通行人A」

「……お前もエキストラかよ」

「主演の子と同い年なのに私がエキストラなんて納得いかない」

「お前はもう少し謙虚になれよ」

「平井君は検挙されたらいいのに」


 この態度こそ演技であってくれ、と思うが、残念ながらこっちが素だった。


「で、どうする?」

「どうせ拒否権はないんだろ」

「ない。平井君の人権は私が預かってるから」

「お年玉みたいに言うな」



 ♢♢♢♢♢



 週末、水瀬とともに都内の撮影所に向かった。到着するや否や、すぐに本番がはじまった。水瀬と俺が出演するワンシーンが撮影される。


 談笑しながら、主人公たちの脇を通り過ぎるシーン。購買に向かうところで、水瀬のセリフは「早くしないと売り切れちゃう」だ。


「すみません。ちょっと声が大きいですね。通行人なので目立たない感じでお願いします」

 

 水瀬がスタッフに注意される。一瞬、表情の歪みを感じ取ったが、撮影は続いた。


 目まぐるしく撮影が終わると、水瀬は逃げ去るように現場をあとにした。控室に戻り、着替えを終えた彼女と合流し、エレベーターに乗ったところで、映画の主演女優と鉢合わせした。


 髪はダークブラウンで、二重瞼が印象的だった。水瀬より、瞳の印象は柔和だ。


 同学年ということもあり、オーディション会場などで面識があるのか、お互いに一礼した。エレベーターが一階に着く。


 去り際に、女優が背を向けたまま水瀬に言った。


「水瀬さん、人生経験が足りないから場違いな演技しか出来ないんじゃないの?」



 ♢♢♢♢♢



 何となく、気まずい雰囲気のまま帰り道を歩く。道路のソーラーライトが剥き出しの背骨みたいに見える。水瀬はずっと虚ろな表情のままだった。


「そんなに早く結果を出したいのか」

「ええ、そうよ」

「なにを焦ってるか知らないが、ゆっくりやればいいだろ」


 俺の言葉に水瀬が強く反応した。けわしい表情になり、今にも掴みかかってきそうだ。


 それから落ち着いたのか、いつになく弱弱しい声で言った。


「実はね、姉さんが入院してるの。だから元気なうちに私がメインで出演している作品を見せてあげたいんだ」


 彼女の視線の下降は、コンクリートが冷たく受け止めるだけだ。


「私も嫉妬することがあるし、同い年の子が活躍して、自分が惨めに思うこともある」

「でもまだ撮影残ってるんだろ。千里の道も一歩からだよ」

「そうね」


 すると、後ろから誰かが大きな音を立てて迫ってきた。見た顔だ。さっきエレベーターで別れたはずの女優だった。


「ストーカーに追われてるの!」


 顔色が悪い。多分、本当なのだろう。


 彼女が水瀬の背中に隠れたところで、中年男性があらわれた。彼女が自分から逃げ出したせいか、興奮状態だ。


「そこをどけ!」


 男が水瀬に迫る。


「私は彼女の姉です」


 水瀬が言う。表情が変化していた。目尻が下がり、瞳から柔和な印象を受ける。


「今後、妹には近づかないでくれますか」

「お前には関係ないだろ!」


 水瀬が俺の耳元で「ごめんね」と言った。


「さもないと、この私のストーカーみたいに、痛い目に遭いますよ」


 水瀬が俺の首を絞め上げる。効果覿面で、男はがたがたと歯を鳴らし、その場を去っていった。


 俺も息苦しさから解放される。


「今の演技よかった。水瀬さんってお姉さんがいるの?」

「……うん」

「さっきの言葉撤回するわ。助けてくれてありがとう」


 そう言って、主演女優も帰っていった。

 俺と水瀬はまた歩きはじめる。


「お前の人生だって、たしかに積み上がるってるんだ。今は日の目を浴びなくても」

「うん」

「それに、お前の頑張りを見てる人間もいる」

「ありがとう」


 水瀬の笑顔が弾ける。こういう顔をするのはめずらしい。

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