役作り3
昼休み、同級生の川瀬が廊下で声をかけてきた。生徒会の役員をつとめる秀才で、中学からの付き合いだった。だから顔を合わせると、時々、会話に発展することがある。
「水瀬さん最近学校休んでるよね。なんか事情とか知らない?」
「知らないし、どうして水瀬のことを俺に聞くんだ」
「だって仲良しじゃん」
「仲良しじゃない」
生徒会という立場上、同級生のまとめ役という側面もあるが、それを抜きにしても、水瀬とは苗字が似ているから、という理由で気にかけているらしい。
「多分そっくりさんだと思うんだけど、街で目撃情報もあるんだよね。平井君、午後からの授業サボっていいから様子見てきてよ。私に借りがあるし、まさか断ったりしないよね?」
「生徒会役員の発言とは思えないんだが」
♢♢♢♢♢
とはいえ俺も気になっていたので、結局、午後からの授業を放り投げ、校門を抜けだした。
川瀬から聞いた目撃情報の現場をたどり、早くも二件目のゲームセンターで水瀬の姿を見つけた。補導を恐れたのか私服姿だったが、見慣れているので一目でわかった。
クレーンゲームの筐体の前で景品を抱えた水瀬に声をかける。
「平日の昼間からゲームセンターか、不良だな」
「あら、ひわい君」
「誰がひわい君だ」
怒ると、水瀬はペンギンのぬいぐるみで顔を隠す。
とんでもない言い間違いはあったものの、ゆっくり話をするために自販機の横にあるベンチまで移動した。店内では比較的静かな場所だった。
座ると、水瀬が俺の腰に手を伸ばした。
「なんだよ、びっくりするだろ」
「だって腰が曲がってる」
「心配する前に、俺に鞄を持たせたり地面で寝かせるのをやめろよ」
「ん、考えとく」
膝の上にあるペンギンのぬいぐるみのせいか可愛げがあるように見えるから不思議だった。
それに水瀬の表情は読めない。なんというか、分かりづらいところがある。
「そういえばさ、殺人鬼役のオーディションってどうなったんだ? 一応俺にも知る資格くらいあるだろ」
「落ちた。やっぱり練習相手の人選がよくなかったみたい」
「ふざけるな」
「それで今度は、不良役に挑戦しようと思ってるから、平井君には台本の読み合わせに付き合ってもらいたくて。言っとくけどラストチャンスだよ?」
ようやく欠席の謎が解け、俺は息を吐いた。
水瀬はオーディションの台本をいつも持ち歩いているらしく、鞄の中から台本を取り出すと、説明をはじめた。それにしても顔が近い。
「平井君は不良友達Aね、ここ読んで」
指定されたのは、殴り合いのあとで友情を再確認するシーンだった。水瀬には時と場合という概念が薄い。周りの目など一切考慮しないで、セリフを口にした。
『この頬の傷もあんたに作られたものだし』
俺も応じる。
『うん、そうだった』
『目に見える影響を与えるなんて深い間柄じゃないとできない』
『そう、だね』
『だから私たちは本当の……』
水瀬はセリフの途中で、ため息をついた。続く言葉は『友達』のはずだが、どうしてそれを躊躇ったのか理由はわからない。
「やっぱり相手が平井君じゃない方がいいのかも」
「悪かったな」
「誰か適任はいない? できれば不良の」
「いることはいる。ピアノコンクールでたばこ吸いながら演奏して失格になるような非行少年」
水瀬は若干引き気味だったが、その知人に電話をかける。他校に通う友人で、同じ高校生だが、例によって学業はおろそかにしていた。
「今から会えるって」
「普通に平日の二時なんだけど」
「なぁ水瀬、その思考が残ってるうちは本物の不良になれない」