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役作り13

 急遽話をするために、川瀬と夜のコンビニで待ち合わせをした。髪型はポニーテールで、ホオズキみたいな色の服を着ていた。皺の具合までそっくりだ。


「もしかして私の私服姿に見惚れてる? 水瀬さんに怒られるよ」

「そんなんじゃない」 


 川瀬は笑った。それから目を落とし、神妙な面持ちで言う。


「水瀬さんね、今病院にいるって」

「そうか」

「大事を取って一週間休むって」

「最近忙しそうにしてたからな」


 水瀬は役者のワークショップにも通っていると言っていた。文化祭の準備も、セリフを完璧に覚えるだけではなく、役の感情まで深く追求していた。


「私が姫様役やるから」

「王子はどうするんだ」

「平井君しかいないじゃん。水瀬さんとずっと練習してたんでしょ」


 川瀬が俺の肩にぽんと手を置いた。


「背筋が伸びて、王子様っぽくなってる」

「それはどうも」


 コンビニからの明かりが俺たちの頭上に傘を作っていた。


「でも俺は自分に自信がないよ、大役をつとめられるほどの」

「自分とか自我とかって言うけど、『自』っていう漢字は目にアホ毛が生えてるだけで。人間なんてそんなもんだよ」

「あれはアホ毛じゃない」


 少し気持ちが楽になる。


「でも川瀬は大丈夫なのか。お前も忙しいだろ」

「私は大丈夫」

「前から思ってたが、川瀬って五人いるくらいいるよな」

「ふふ……よく気付いたね。気付いたからには生かしておけないよ」


 彼女なりに明るさを持ち出してくれていた。それは、手作りのクッキーの支給みたいに、人の心を温かくさせる。


「水瀬さんのためにも成功させないとでしょ」

「そうだな」


 真っ暗な中で、俺たちの声だけが響いた。もう夜の十時だ。


「大丈夫、平井君なら。水瀬さんがついてる」

「どこに」

「いつも胸の中にいるくせに」


 それは間違った指摘ではないか、と思う。水瀬はいつも外側にいる。俺の部屋にいて、憎まれ口を叩いている。


 川瀬のその言い方だと、俺がまるで水瀬に——。



 ♢♢♢♢♢



 川瀬と別れアパートに帰ると、階段付近に御手洗が立っていた。川瀬から事情を聞いて、俺の家にやってきたらしい。


「水瀬さん大丈夫か」

「入院してるらしい。まだ本人とは話してないが、今はそっとしておこうと思う。それに、文化祭まで後三日だ」


 御手洗の視線が俺を捉える。


「猫ババの手も借りたいんじゃないのか」

「……猫ババの手は借りたくない」

「三日付き合うよ、泊まり込みで」

「助かる」

「放課後の学校にも顔出して手伝う。衣装の変更とかサイズ合わせとか、やることは色々あるだろ」

「ありがとう、やっぱり持つべきものは共倒れだよな」


 俺はいつかの御手洗の言葉を返す。

 


 ♢♢♢♢♢



 いよいよ文化祭の当日になった。地獄の蓋が開いたような感じだ。


 劇は午後一時から開演で、まだ時間がある。気持ちを静めるために、屋外会場をうろついていると、水瀬の元同級生だという他校の生徒に会った。


「あ、この前の」


 口から声が漏れる。話しかけたわけではなかったが、向こうも自然と足をとめた。

 相変わらずおしとやかに見えるが、それは例えば鋭い刃の面に反射した新雪みたいなものかもしれない。


「水瀬瑞菜の姿が見えないけど」

「倒れたんだ」

「へぇ、そう。本当は逃げたんじゃないの?」


 挑発的な口調で彼女は言った。


 相手にすべきじゃない、とわかっていたが、水瀬の気持ちを思うと対峙せずにはいられなかった。


「そんなわけないだろ。お姉さんに演技を見せるためって頑張ってたんだ」

「お姉さん? 水瀬瑞菜にお姉さんがいるなんて聞いたことないけど」


 水瀬の同級生は邪悪な笑みを浮かべていた。


「倒れたって嘘ついてるんじゃないの」

「お前は水瀬の何を知ってるんだ!」


 俺は思わず声を荒らげた。


「あんたこそ、水瀬瑞菜の何を知ってるの?」

「俺は……」

「というか水瀬瑞菜に本当にお姉さんなんているの?」

「一体なにを言って……」

「あいつね、演技性パーソナリティ障害なの」


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