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役作り12

「せっかくだから、ご飯食べたあと御手洗君にも演技の練習にも付き合ってもらおうかな」

「気の毒に」

「それとも、またお風呂で通す? 二人っきりで」

「……通すわけないだろ」


 水瀬が微笑みながら近付いてきて、耳元で言った。


「なに二人でこそこそ話してるんだ?」


 そのあと、水瀬が作った炒め物を食べた。行儀は悪いが、俺は頭の上に台本を乗せ、背筋を伸ばしながら、箸を動かす。


「御手洗君と平井君っていつから知り合いなの?」

「中学の頃からだ」

「水瀬さんの中学時代はどんなだったの」


 この前のこともあるし、俺も興味がある。


「あんまり、いい思い出がないの」

「俺たちと一緒だな」


 御手洗と目が合う。


「水瀬さんと平井はどうやって知り合ったんだ」

「中学の頃に一度会って、高校時代に再会したの」

「……へぇ」


 その一度で、俺は多大な弱みを握られている。警察と話す見られたくない場面を、水瀬が目撃したのだ。


「ところで、いつまで台本を頭に乗せてるの?」

「猫背が直るまで。川瀬がさ、電柱なのに曲がってるのはおかしいって」

「なるほど」


 俺はあらためて説明した。


「ついでだから、心の屈折も直した方がいいんじゃない?」

「……それはお前だろうが」

「食べ終わったら、台本の読み合わせしましょうね」

「お前は本当に演技に対してだけは真面目だよな」

「最近ね、役者のワークショップにも通いはじめたの」



 ♢♢♢♢♢



 必要があるのかはわからないが、外に出た。

 御手洗と水瀬と夜道を歩く。地方都市のいいところで、少し歩くだけで、田舎の様相も見せてくれる。

 

 民家はぽつぽつとあるが、緑もある。畑だったり、街路樹だったり。

 

 空には星空が広がって、この腕に抱けないものは、何もないような気になってくる。


「わざわざ外でやる必要はあるのか」

「ロケーションがいいでしょう。平井君は情緒ってものを感じないのかしら。まぁ、寂しい人間だものね」

「なんか、こういうって青春だよな」


 御手洗が言う。


 そのあと、夜の公園で台本を読み合わせる。俺はまだ頭に台本を乗せていた。何となく、背筋が伸びてきたような気がした。


 俺の脇で、水瀬が御手洗にストーリーを説明していた。


「一国の姫として異世界転生した女子高生が、敵国の王子と恋に落ちるっていうラブストーリーよ。序盤で、姫がね、反乱軍の手を免れるために、自国の農村に逃れるんだけど、その村が王子の手によって壊滅させられるの。立場の違いを埋められない二人は惹かれ合いながらも、反撥して、ラストで姫は王子は城の瓦礫の下敷きになることを望むんだ」

「どうして?」

「そうすれば、一緒になれるから」

「そんな複雑な話なんだな」


 御手洗が感嘆の声をあげた。


「誰が脚本なんだ」

「川瀬さんの知り合いみたい。この学校の子じゃないって」

「ふぅん」

「たしか、名前が」


 水瀬が考え込むような顔をする。結局、思い出せなかったのか、そこで言葉が途切れた。

 それから、台本の読み合わせを手伝う。水瀬はもうセリフを完璧に暗記していて、感情やイントネーションの確認を行っていた。


「御手洗君もありがとう、手伝ってくれて」

「礼には及ばないよ、水瀬さんと俺は友達だろ」


 こいつのこういう率直なところは、羨ましいところだ。


「また一緒に落とし穴掘ろうよ、俺がヤバいときは」

「……そんなときはないんだよ、普通」

「そういえば、水瀬さんにピアノ聞かせるって約束まだ果たせてないよな」


 御手洗が急に言った。たしかに、俺たちの高校でピアノを弾くときも、水瀬は着替えの最中でいなかった。


「駅前にピアノがあっただろ」

「あれって夜も弾いていいのか」

「まだギリギリ大丈夫」



 ♢♢♢♢♢



 その足で、最寄りの駅に向かった。よくあるストリートピアノで、入口付近に置かれていた。


「じゃあ少しだけ」


 御手洗がイスに座り、演奏する。ほとんど無人の駅で、御手洗のピアノの音だけが響く。


 ピアノの音を聴きながら、俺は水瀬はペンチに座り、会話をした。たしかに、御手洗が言う通り、こういうのが青春かもしれない。


「あっという間に本番だな」

「そうね。なんというか、緊張する」


 水瀬らしくない。


「観客はドリアンなんだろ」

「そうだった」


 水瀬と目が合う。


 俺の頭に乗っている台本を見て、頬が緩んでいる。


「その姿本当に似合ってる」

「お前が笑顔になってよかったよ」

「電柱のくせに生意気」


 三人で俺のアパートに戻る。俺と御手洗がリビングで寝て、水瀬が寝室を使った。よく考えれば、水瀬が泊まったとき俺もリビングで寝ればいいと思う。


 本番の三日前になる。その夜、電話があった。川瀬からだ。いつもの冷静さがない。電話に出たとき、パチンと爆ぜるような声が耳元で鳴った。


「水瀬さんが倒れたって」

作品を読んで下さって、ありがとうごさいます。もしよかったら評価や感想頂けると嬉しいです。

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