役作り10
「ねぇ、水瀬さんと平井君って何かあった?」
朝登校すると、廊下で川瀬にそんなことを言われた。まさか昨日一緒のベッドで寝たとは口が裂けても言えない。
それに、ちょうど隣には水瀬もいる。担任から頼まれたプリントを教室まで運ぼうとしていたところを、俺が手伝っていた。
「な、なんで、そんなことを聞くんだよ」
「いや、いつもより距離が近くない?」
たしかに、水瀬ともう少しで肩が触れそうだった。無意識だったが。
「……」
一応、水瀬にはファンクラブなるものが存在して、俺の身の危険にも直結するのだ。
「いつも、こんなもんだよ」
水瀬が無表情で俺から離れていく。
「そうだ、今日も文化祭の準備も頑張ろうね、水瀬さんと平井君は別々になると思うけど」
「……それが何か?」
「いや、別に」
♢♢♢♢♢
放課後になり、文化祭の準備を行った。
大道具や小道具、それぞれの役割に分かれながら、段取りを進めていく。川瀬は監督役として、また準主演として、大車輪の働きを見せていた。
教壇の辺りで、水瀬たちの練習がはじまる。台本を持って、通しの稽古をしていた。電柱の俺はその輪に入らず、大道具班と一緒に後ろで段ボールを切っていた。
そういう日がしばらく続いた。当然、水瀬と会う時間も減少していく。あれから俺の家に泊まることもなかった。
唯一、下校だけは一緒だ。
「疲れてないか、水瀬」
ある日の下校中、俺は水瀬にそう訊ねた。
「私は大丈夫。それよりも川瀬さんが心配」
「まぁ、あいつなら多分大丈夫だろ」
無責任にも、そう返す。
「劇の主役とか撮影とか、人がいる前で演技するのは緊張しないのか」
「別に緊張しないけど。みんなドリアンだと思えばいいの」
「なんで臭気があるものに見立てるんだよ」
かぼちゃとかでいいはずだ。
「最近、私のことをよく詮索してるわね」
「……質問してるだけだろうが」
「私のことを丸裸にしたいのかしら、えっち」
「お前が元気そうでよかったよ」
何となく一緒の時間が増えて、錯覚していたが、これが本来の距離感なのだ。それに、もし俺が警察と話しているところに、水瀬が偶然通りかからなかったら、出会うこともなかったのだろう。
「あれ、水瀬瑞菜?」
不意に、道端で声をかけられた。
水瀬が女優だから声をかけられた、というわけではなさそうだ。
黒髪で制服を着た同い年くらいの少女だった。髪にヘアピンをしていて、額を出している。おしとやかな印象だ。
「偶然だね、こんなところで会うなんて」
「ええ、久し振り」
「中学以来だよね」
水瀬は少し表情を落としながら言った。多分、水瀬の中学時代の同級生だろう。
「こっちではうまくやってるの?」
「なんのことかしら……」
「ううん、元気そうならいいの」
そう微笑んで、水瀬の同級生は俺たちの横を通り過ぎようとした。水瀬は先に歩き出している。
すれ違いざま、水瀬の同級生が俺に耳打ちをした。
「水瀬瑞菜には気を付けた方がいいよ。あの子、嘘つきだから」




