放っておけない!
ヴィクトールの身体は、傷だらけだった。
きっとヴォルフ公爵に痛めつけられたのだろう。
結局私は、ヴィクトールを見捨てて逃げることができなかった。
だって、誘拐される前なら逃げたわよ!?
でも、目の前で誘拐されているって知ったら、放っておけないじゃない。
だって、推しだし……!
ということで、作戦変更することにした。ヴィクトールも一緒に連れて逃げる!
牢の鍵は見張りの者から拝借しておいたわ。
「誰だと聞いている。口が利けないのか?」
「えっと、私は、アメリア……」
ヴォルフ家の者だってわかったら、嫌われちゃうわよね。家名は伏せておこう。
「アメリア……ヴォルフ公爵家の四女か」
え、もしかして、全員の名前を覚えてるの!?
うち、十人兄弟姉妹なのに、すごすぎ……。
「何の用だ。父親に続いて、お前も俺を拷問しに来たのか? 本当にヴォルフ公爵家は悪趣味な趣味をしているな。反吐がでる」
ヴィクトールはキッと私を睨みつけた。
怒りに燃えた赤い瞳、決してお前には屈しないという意思を感じる。
誘拐された時の彼の年齢は、私と同じ十二歳だ。
敵地で拷問されて、今後どうなるかわからないのだから、子供のヴィクトールが怖くないはずがないのよ。
でも、それを感じさせない態度、さすがヒーローだわ。カッコいい!
って、そんなこと言ってる場合じゃない。
「違うわ! 私、そんなことしない! 私は……」
入口の方から悲鳴が聞こえてきて、ギクリと身体が引き攣る。
「お、お許しください! 旦那様!」
「そんなに眠いのなら、永遠に眠らせてやる」
「ぎゃああああああ!」
耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえ、その後はシンと静まった。
眠らせた見張りが、ヴォルフ公爵に見つかって殺されたのだろう。
私のせいだ……。
ここでは使用人が殺されることは、日常茶飯事だった。この十二年間で、ヴォルフや兄弟姉妹たちに殺された者は数えきれないほど。
そんな異常な光景を毎日見ていると、自分でもどうかと思うけど慣れてきてしまった。誰か殺されても「また、殺されたのね」と軽く思うぐらい。
でも、自分のせいで誰かが死ぬのは、未だに慣れない。
初めて死んだのは、侍女だった。
私がまだ五歳になる前のこと。
力を秘めていると期待され、大事にされていた私の顔に、お世話中に誤って傷をつけてしまったことが原因で、ヴォルフ公爵に殺された。
他にも同じようなことで、たくさん……。
『申し訳ございません! どうか、お許しください……!』
死んだ人たちの命乞いする声が、耳から離れない。
コツコツと足音が近付いてくるのに気付き、ハッと我に返る。
ま、まずい……!
「……っ……おねがい、私がここに来たことは、内緒にして……っ」
私は壁際に隠れ、息を殺した。
前髪に風がかかって、ふわふわ動く。
え、なんでこんなところから風が?
壁に触れてみると、グッと沈みこむ。
もしかしてこれって、隠し扉ってやつ? ここから逃げられるかも!
さらに壁を押し込もうとしたら、ヴォルフ公爵がヴィクトールの前で足を止めた。
今、動いたら、バレちゃうかも。
私は壁から手を離し、息をひそめる。
「ふん、鎖に繋がれている姿が良くお似合いだ。公子様」
「外道が……」
「あれだけ痛めつけられても、まだそんな目を向けられるのか。さすがだな。どこまで強気でいられるか楽しみだ」
クククッと楽し気な笑い声をあげ、葉巻に火をつけた。
う、臭……っ! ただでさえ黴臭いのに、余計に臭くなったわ。私、葉巻とか煙草の匂いって苦手なのよね~……。
「…………ところで、今、ここに誰かいなかったか?」
…………っ!
ビクッと身体が引き攣る。
なんでわかるの!? 野生動物並に鋭いじゃない!
ここで見つかったら、私、また……。
過去にヴォルフ公爵から受けた暴力を思い出し、血の気が引いた。
ヴィクトールにとって、私は誘拐犯の娘で敵だ。知らないふりをしてくれるはずがない。
脂汗が出て、身体がガクガク震える。
やっぱり、一人で逃げればよかった……!
「……知るか。知っていたとしても、貴様などに話すわけがないだろう」
え……!? 嘘、庇ってくれた? どうして?
「いい度胸だ」
ヴォルフ公爵は牢の鍵を開き、鎖に繋がれたヴィクトールを殴り始めた。
やめて……!
身体がガクガク震え、その様子を見ていることしかできない自分が情けない。
ヴィクトールの綺麗な顔は見る見るうちに腫れ上がり、身体中が赤黒い痣だらけになった。
初めは楽しそうに殴っていたヴォルフ公爵だったけれど、ヴィクトールがうめき声一つあげないので、飽きてきたらしい。
火のついた葉巻をお腹に押し付けたところで、牢から外に出て行った。
「今日はこれぐらいにしておいてやろう。明日は俺の息子たちに可愛がって貰うといい。俺と違って手加減を知らないから、楽しみにしておくことだ」
返り血を顔に付けたヴォルフ公爵は、鍵を閉め直してその場を後にした。足音が完全に遠ざかったのを確認して、ヴィクトールの傍へ行く。
「大丈夫……!?」
声をかけても、ヴィクトールは返事をしてくれない。
「……どうして、私がいるって言わなかったの?」
「お前が言うなと言ったんだろ」
お人好し過ぎでしょ……!
私が味方側の人間ならまだしも、敵側の人間なのに庇うって……。
やっぱり、一人だけで逃げなくてよかった。この人を放っておくことなんてできない。
「それで、俺に何の用だ」
「あ、あのね……」
「用がないのなら、さっさとどこかへ行け。目障りだ」
「ある! あるわ……あのね、何を言っているのかと思うかもしれないけれど、聞いて欲しくて……」
「回りくどい言い方をするな。さっさとしろ」
だって、緊張するんだもの……!
私は深呼吸を繰り返し、ヴィクトールの赤い目を真っ直ぐに見つめた。
本気だと伝わるように、真っ直ぐ、真剣に……。
「あのね、私と一緒にここを逃げましょう!?」
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