ゆく年、くる年 5
宵ノ岐阜城下町のはずれのはずれ。美江寺の観音様を通り越し、茅の生い茂る湿った道を西へと行くと、ぽつりぽつりと粗末な掘っ立て小屋が立つ場所があった。
粗いむしろが下げられただけの入り口から、わずかな灯りが外の闇に漏れ出ている。
屋内には酒の匂いと、博打に興じる人怪の昏い熱気が立ちこめていた。
「ああ~くそ! 今日はやめだ、やめ!」
吐き捨てて、男は小屋を出た。
今宵はどうやらツキに見放されたようだ。たて続けに負けて、手持ちの銭をすっかり持っていかれてしまった。
だが。
(まあいいさ)
と、すぐに男は苛立ちを収めた。
今の男は、楽で、実入りのいい稼ぎ方を知っている。
今宵すっからかんになったとしても、明日の宵になれば、また世間知らずの間抜けなやつらが、ほいほいと金を貢ぎにやってきてくれるのだ。
帰りにコンビニに寄って、酎ハイでも飲んで、さっさと寝ることにしよう。
クソみたいな世界だが、酒だけは昼の町の方が美味い。
宵ノ町の酒は、火入れをしていない濁り酒が主流だ。もう長く宵ノ町に入り浸っている男だが、あの酸味にはどうにも慣れなかった。
「……そうだ、久しぶりにビール買っちゃうか? あの鼠から巻き上げた金がまだあったはず……」
ほくほくと笑みを浮かべ足を速めた男の前に、ふたつの影が立ち塞がった。
「巻き上げた自覚はあるんだ、結構結構。小悪党は正直でなくっちゃ、ねえみなちゃん?」
「なんだぁ?」
昼の町で見慣れたセーラー服に、巫女が羽織る千早をまとった少女二人だ。
立ち姿に妙な威圧感はあったが、自分より背の低い女子中学生である。完全になめてかかった男は、わざと二人に近づき、大声で怒鳴りつけてやった。
「どかねえかこのガキ! ぶっ殺すぞ!」
次の瞬間、凄まじい風圧が男の頬をかすめる。
男の前髪が、はらりと宙に舞った。
「……な、な、な……」
横一閃、目にもとまらぬ居合抜きで男の前髪だけを切ってみせたみなぎだ。
納めた刀をするりと抜き、正眼に構える。
星明かりを受け鈍く冷たい光を放つ刃の切っ先と、みなぎの鋭く冷徹な眼光が、男に狙いを定める。
凍てつく路上に、不似合いに明るいあゆきの声が響く。
「おじさん、知ってた?
わたしたち見廻隊士って、定法に基づいて仕置きすることも許されてるんだよ」
それまで黙っていたみなぎが、口を開いた。
「宵ノ岐阜城下町において、通貨の両替を謀るは重罪。
その首、河原に晒すがいいか。それとも通りに晒すか」
ようやく真に命の危機が迫っていることに気付いたのだろう。
ひいっと悲鳴を上げた男は、腰を抜かして、地面を這いながら逃げようとした。
みなぎはその男の襟首を無造作に掴み、道に転がす。
「小さきものの小さき願いを踏みにじる輩は、見廻隊士として看過できない。
……覚悟!」
緋薙を振り下ろしたみなぎの、その気に打たれた男は、白目を剥いて失神した。