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ゆく年、くる年 3

 あゆきの悲鳴を待たずみなぎが動いた。


 鍛え上げられた一歩の踏み込みは、神速。


 そのまま影たちをすくいあげ、通りの反対側に転がる。


 馬たちは甲高くいななき、前足を中空に振り上げて暴れたが、すぐに御されて動きを止めた。 


 みなぎが、ふう、と、大きく息をつく。

 その間合いに、白刃が突きつけられた。 


「みなちゃん……!」


 みなぎがつい、と視線を上げると、馬上から武家の若者の幽霊が、みなぎをにらみつけている。


 「小娘が……我らの馬を止めるとは、それなりの覚悟があるのだろうな……?」


 叩き付けられた殺気にまったく感情を動かすことなく、みなぎはすっと目を細める。

 音も無く身体を起こし、すくいとったふたつの影をパーカーのポケットに仕舞い込んだ。


 出会い頭の不幸な事故だ。刀で解決したくはないが、黙って切られるわけにもいかない。


 が、愛刀・緋薙(ヒナギ)の柄に手を()る間もなく、後ろの馬上から声が掛けられた。

「待て。

 その千早の背に染め抜かれた瑠璃の蝶。

 其方(そのほう)、見廻隊のものか?」


 温厚な年配の男の声に、こくりと(うなず)いてみせる。


 男はにこりと微笑んで、みなぎの方へと進み出た。


「この町で小さきもの、力なきものを守るのが、其方らの御役目だったな。

 見事な働きじゃ。我等も見習うとしよう」


 しわの刻まれた優しげな顔に、わずかに見覚えがあった。信長様の居館の門前に御屋敷を賜っている、近臣の男の幽霊だ。


 馬上で頭を下げ、礼を取ってくれた男に、みなぎも居住まいを正して返す。

 気勢をそがれた若者のほうも、やや不満げな顔のままぺこりと頭を下げてみせた。


 彼ら信長様に仕える武家の幽霊たちは、正確には、生者ではないが死者でもない。

 生あるものと同じように生活し、宵の時間を過ごしている。

 ここ宵ノ岐阜城下町の、数多在る不思議のひとつだった。


 ふたたび蹄の音とともに闇に消えていく男たちを、みなぎとあゆきは一礼して見送った。


 隣であゆきが盛大に息を吐き出す。


「いや~参った参った。

 いきなり修羅場かと思ったよ!

 まあ、剣の勝負でみなちゃんが負ける心配はしてないけどね」


 みなぎも苦々しい溜息をついてみせる。


 不要な戦いなど、はじめたらそれだけで負けなのだ。


「で、そろそろみなちゃんのポケットの中の子たちを出してあげてもいいんじゃないかな?」


 うっかり忘れるところだった。

 ポケットに押し込んだふたつの影に手を遣る。触れる極上のつやつやもふもふの毛並みに、みなぎは思わず「ひゃうん」と情けない声を漏らしてしまった。


 そっと手にのせて外に出してやる。

 ふたつの黒茶の毛玉が、ぴったりと寄り添ってふるふると小刻みに震えていた。


「やっぱり! 大将のお店の鼠ちゃんたちじゃん。

 どうしたのこんな時間にこんなところで。

 とっくに店仕舞いしてるよね」


((すみま……あり、ありがとうござ……))


 危うく馬に踏み潰されるところだったのだ。ただでさえ小さなふたつの声が、恐怖で消え入りそうになっている。


 みなぎは、パーカーのファスナーを下ろすと、仔鼠たちを懐に入れてやった。


「住み()はどこ? 送っていくよ」


 努めて優しく声をかけたが、仔鼠たちは二匹揃って首をぶんぶんと振ってみせた。


((まだかえれません……まだ、おつかいがおわっていないので……))


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