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ゆく年、くる年 2

 強引に理性で抑えたものの、抑えきれずに片側だけ引きつったようにやけてしまったみなぎの頬に、とどめがやってきた。


 最上級のもふもふ、極上ふわっふわの三本の尻尾に順に撫でられて、みなぎは気絶寸前で縁台に崩れ落ちた。


「どう? うちの新入り」


 やってきたのはこの店の主、三毛猫の(もののけ)だ。


 みなぎとしては慎重に周囲に隠しているつもりなのだが、しっかり店主にはバレていて、いつもこうやって自慢のもふもふ尻尾の連続攻撃でみなぎをからかってくる。


 完全に縁台に突っ伏してしまったみなぎの代わりに、あゆきが元気よく応えた。


「鼠ちゃんたち、ちっちゃいのに頑張ってるね~! 感心感心」


 店主も満足げに(うなず)いてみせる。


 見るとまた別の縁台に、団子の皿とふたつの毛玉がよたよたと向かっていた。

 小さな皿に隠れてしまいそうな小さな体で、慣れない仕事を精一杯こなしているようだ。


 にこにこと微笑ましく見守っていたあゆきが、ふと口を開いた。


「あれ? でも大将、前にひとは雇わないって言ってなかったっけ?」


 和菓子好き世間話好きが高じて、自分で店を構えてしまった店主だ。

 結構な人気の店となった今でも、自分ひとりで回せる商いしかするつもりはないと宣言していたものを。


 店主は、立派な髭をぴよんと震わせた。


「それがさ、どうしても雇って欲しいって言ってきたんだよね。

 何かまとまった銭がいるらしくて……」

「へえ、何だろうね。伊奈波神社の門前通りで、美味しいものでも食べたいのかな」


 それはあゆきの願望でしょう、と、無言でツッコむ余裕はなんとか復活したみなぎである。


 半刻近く寛いでしまった。そろそろ見廻りに()かねば。

 うっかりするともう一皿追加注文してしまいそうな相棒の袖口を掴むと、みなぎは縁台から立ち上がった。




 宵ノ岐阜城下町と、みなぎたちが本来暮らしている岐阜の町は、時間の()ちかたが少し違う。


 呪文をとなえ、宵々の門のある伊奈波神社の橋を渡ると、いつも町は、まったりと濃密な宵の空気に満ちた夕刻だ。


 だが数刻を過ごすと、宵ノ岐阜城下町にも深い夜がやってくる。


 町の店は暖簾を仕舞い、ともされた灯りもひとつ、またひとつと消えていく。


 人も(もののけ)も、そして町も、明日の宵まで微睡(まどろ)むのだ。



 みなぎとあゆきは、すっかり灯りのなくなった通りを、星明かりを頼りに伊奈波神社へ向かって歩いていた。


 みなぎたちは、朝になれば中学校へ登校し、授業や部活動にも参加せねばならない(まあ、あゆきは頻繁に授業をサボって、宵ノ岐阜城下町の玻璃(はり)の館に入り浸っているが)。


 だが幸いなことに、勤めを終え、丑から寅の刻頃に門をくぐって元の岐阜の町へ帰ってきても、何故か時刻はまだ午後十一時頃。宿題を片付けてひと風呂浴びて寝るのに十分な余裕がある。


 宵ノ町の不思議のおかげで、みなぎとあゆきはふたつの町で、学生と見廻隊士のふたつの役目をこなしていられるのだ。


 今宵は大きな事件もなく、町はおおむね平穏だった。


 とはいえ信長様から仰せつかった大事な見廻の任だ。胡乱(うろん)な輩が騒ぎを起こしてはいまいか、町の隅々通りの端々まで気を配ってじっくり何度も巡回すれば、何はなくともそこそこに疲れる。


 あゆきはだらしなく大口を開けてあくびをしながら、足を引きずるようにとぼとぼと歩いていた。


「あ~今宵も頑張って働いたねえ……早く家に帰ってあったかいお湯に浸かって、あったかいお布団に潜り込みたいよ」


 漏れる息が白く、凍てつく星空に消えていく。そろそろ通りには霜柱が立つだろう。

 千早の下に着込んだパーカーの襟を耳元まで引き上げると、みなぎはぼそりと宣言した。


「……二組、英語の課題出てたから」


 やや置いて、隣の相棒がこちらを見もせずに言う。


「一組、先に進んでたよね?」


 みなぎも、前を向いたまま答えてやった。


「見せないから」


「……流石みなちゃん、安定のみなちゃんだな……」

 相棒の意味不明の台詞に、冷ややかな沈黙で応えてやる。


 そのとき、みなぎの耳は、遠くから近づいて来る小気味よい響きをとらえた。

 (ひづめ)の音だ。それも三つ。


 通りを南下して、加納の方角へと向かうものだろうか。


 みなぎと、それから遅れて気付いたあゆきも、道の端に寄って馬の通過に備えようとした。


 そのとき。


 通りに繋がった路地から、突然、小さな影がふたつ飛び出してきた。


 あっと思う間もなく、影が通りへと走り出る。

 目前にまで近づいていた馬に気付いた影たちは、道の真ん中で立ち止まり硬直する。


「危な……!」


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