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序章~もうひとつの岐阜の町へ~ 4

 道の向こうでは、人も(もののけ)もパニックになって逃げ惑っていた。


 血を流した腕を押さえ、道の脇に倒れ込んでいるものもいる。


「危ない! 下がってください!

 ……見廻隊見参! 神妙にしなさい!」


 あゆきが高らかに宣言する。その隣で、みなぎは柄に手を掛けて敵の気配を探った。


 刹那、ひらりと身体を翻らせて刀で受ける。


 カキイン!

 と、澄んだ音がして火花が散った。


「なに……?」

 あゆきが目を見開いた。


 なにが二人の間をすり抜け、なにかの攻撃を仕掛け、みなぎの刃がそれを受け止めたのか、あゆきには全く捉えることが出来なかった。


 みなぎも、目で追うことは出来ていない。


 だが、気配は覚えた。


 そして敵は一体じゃない。複数いる。

 刀を構え直し、気を整える。


 呼吸ひとつ。


「あゆ……来る!」


 襲ってきた怒濤の攻撃を受け流した。激しい剣(げき)の音が通りに響く。

 いくつかの攻撃は流しきれず、みなぎの千早が切り裂かれ、切れ端がはらりと宙を舞った。


「ひやあ~! 大変大変!」


 相棒はこんな状況でもどこかのんびりとした調子だ。

 みなぎに守られているその間に、あゆきは数個の薬瓶を鞄から取り

出すと、呪文とともに空に(しずく)を放った。


「その手伸ばせや束縛の(つる)


 とたんに周囲に、長い蔓を伸ばしたツタが現れた。

 足を取られた敵が、甲高く鳴いて、そして倒れ込む。


 目を()ると、道の上には、足や身体に引っかかったツタをはずそうともがく、猫くらいの大きさのもふもふの(もののけ)の姿があった。

 十匹はいるだろう。


 この姿は、本で見たことがある。

 かまいたちだ。


 目にもとまらぬ(はや)さで襲いかかり、鋭い爪で行き会ったモノを切り裂く。


 厄介な相手だった。


 そんな敵の動きが一時(いっとき)、止まったのだ。

 一気にたたみかければよいものを、みなぎは肩をふるわせて道の真ん中に立ちすくんでしまった。


「待って……待って、無理」


 たとえ切りつけられたら肉まで裂かれる凶悪な(もののけ)でも、一度姿を認めてしまったらもう、みなぎには一刀のもとに斬り捨てることなど出来はしない。


(だって……!

 こんなにもっふもふの子たちを切れる訳ないじゃん……!)


 冷静沈着な剣士みなぎの唯一ともいえる弱点、それは、

『もふもふに、それはそれは弱い』

というところだった。


 どんなに冷徹に任務を成し遂げようと思っていても、相手がもふもふの(もののけ)だったりしたらもう無理だ。

 心が剣を手放して、その毛玉に頬をすり寄せたくなってしまう。


 みなぎが立ちすくんでいる間に、一匹、また一匹と、かまいたちたちが蔓の(いまし)めからから抜けだしている。


 それでも動き出せず、なんとも複雑に顔をしかめて凍り付いた相棒に、あゆきは高笑いをしてみせた。


「ふははははっ! 

 実はかれらの正体も想定済みさ。

 みなちゃんがそう言うと思って、秘密兵器もちゃあんと用意してきたよ」


 あゆきは勝ち誇ったように宣言すると、腰の鞄から一包みの薬包を取り出した。

 さあっと薬の粉を宙に巻き、すかさず呪を唱える。


 「旋風(つむじかぜ)来たりませ

 ()く良く吹かせ辻に嵐

 宵に酔い

 酔えや酔わせよ」


 とたんにごう、と大きな音を立てて、突風が辻を駆け抜けていく。


 薬の粉が、辻の砂埃と一緒に、舞い上がりきりきりと吹き荒れる。


 すると、かまいたち達に異変が起こった。


 ふらふらと、まるで酔っ払ったような足取りで、あらぬ方向へと力ない体当たりをかけては、ごろりと地面に転がってしまう始末だ。


「……あゆ? これは……?」

「あゆき特製、マタタビ入りしびれ薬。

 しばらくまともな攻撃はできないよ」


 マタタビとか……イタチってネコ科だったっけ?


 みなぎが首をかしげていると、あゆきがみなぎの背を叩いてきた。


「さ、荒ぶるモノたちの『(しよう)』を断ち切るのは、みなちゃんのその緋薙(ヒナギ)に任せたよ」


 そうだった。


 みなぎは緩んだ頬を引き締めると、構えを取る。


 その昔、信長様に拝領したという退魔の剣、緋薙。


 みなぎの気に(こた)えて、刀身がゆらりと炎をまとったように輝く。

 練り上げられた力はさらに(まぶ)しく、宵の闇を薙ぎ払う光となる。


「はっ!」


 気合い一閃、みなぎは真横一文字に、刀を振り払った。


 直視できない光の洪水が収まると、辻のそこここには、うるうると大きな瞳でこちらをみつめてくる、もふもふのいたちたちが残されていた。


「……やっぱ無理。かわいい……」


 腰が砕けて辻に座り込むみなぎに、もふもふたちが一斉に懐いてすり寄ってくる。


 こんな時にしか見られないみなぎのふにゃふにゃの笑顔に、あゆきもまたつられて、二人して夜の道の上、毛玉にまみれながら笑ったのだった。



     

 一夜明け、みなぎは母にぶつくさと文句を言われながら、新たにお迎えしてしまったペットの世話に追われていた。


宵ノ城下町からこちらに戻ってくるときに、どうしてもみなぎの側を離れない数匹がそのまま昼の住まいの方に付いてきてしまったのだ。


 なんだかんだでそうやってついてきたもふもふのいきものたちで、みなぎの住む家と道場はいっぱいだった。


 さすがにそろそろ、自制しなきゃ。


 そうは思うのだけれども、ダメだ、無理。

 こんな可愛い毛玉、拾ったら捨てられる訳ない。


 足下にまとわりつき、首筋をくすぐるもふもふたちに、みなぎはまた、この上なくれでれでの笑みを向けるのだった。    


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