序章~もうひとつの岐阜の町へ~ 3
「辻斬りとは! それは穏やかじゃないね。
お侍の幽霊? それともそのものズバリ! 刀の怪かな?」
お団子をぱくつきながら、あゆきが目を輝かせる。二つにわけて結わえたさらさらの淡い茶の髪が、ひょこんと楽しげに揺れた。
玻璃の館からほど近い和菓子のお店で、二人は打ち合わせに入っていた。
店頭でお茶と一緒に自慢のお団子を食べさせてくれる人気店だ。
店の外に並べられた、緋毛氈の敷かれた縁台は、今宵も客でいっぱいになっている。
手際よく客をさばいていた三毛猫の怪が、みなぎたちのいる縁台にやってきた。この店の主だ。
「見廻隊さん、これから仕事かい? ご苦労さん、これおまけだよ」
にっこり笑って皿に追加の団子を置くと、もふもふの尻尾でみなぎの頬を撫でて去って行った。
「ありがと~!」
元気よく礼を言って手を振るあゆきの対面で、みなぎは縁台に崩れ落ちそうになるのを必死に耐えていた。
顔面も、崩壊寸前だ。
が、なんとか踏ん張って心を立て直す。
剣客たるもの、冷静さを欠いてはならぬのだ。
幸い相棒には気付かれていない。お茶で口を湿らせて、努めて静かに続ける。
「……誰も姿を見ていない。正体は分からないって番屋の遣いが言ってた。
でももう、何人も着物を切り裂かれたり、怪我をさせられたりしてるらしい」
「それは大変だ。
宵ノ岐阜城下町の安全は、信長様に仰せつかった、わたしたち見廻隊の責務だもんね!
さて、見廻隊あゆきとみなぎ、怪討伐にいざ現場へ!」
軽くお気楽に腕を振り上げるあゆきに、みなぎはじっとりとした視線を投げた。
「いざって……作戦とかは?
まずは情報収集したほうがいいんじゃない?」
「え~?
だって現場に行かないと情報収集出来ないじゃん?
で、どうせ現場に行くんだったらもう、ちゃっちゃと討伐しちゃえば早いじゃん?」
「……脳筋薬師……」
「脳筋って言うなっ!」
相棒は、この町一の呪師と薬師の血を引き、呪と薬を組み合わせて用いる風変わりな術士だ。
若くして知識は豊富、頭脳は明晰な頼れる参謀役……のはずなのだが、物理で殴る解決法を好むのが玉にきずなのだ。
でもまあ、あゆきの言うことも確かだ。正体不明の襲撃者による被害は、宵ノ河原町通り付近に集中しているようだ。
ならばまずは現場へ。
みなぎはお茶を飲み干すと、縁台から立ち上がった。
よい宵だ。
店先の灯りに、人々怪々が手にした灯り。橙色の柔らかな灯りが、通りをあたたかく満たしている。
すこし肌寒い季節となっていたけれど、宵ノ河原町通りは夜の街歩きを楽しむもので賑わっていた。
みなぎとあゆきも、見廻隊が拠点としている番屋に立ち寄り、支度を済ませてから通りに繰り出した。
あゆきは中学の制服に千早を羽織り、さまざまな薬や御札を納めた鞄をいくつも引っかけている。
そしてみなぎも同じく制服に千早、そして腰には愛刀・緋薙を履いた出で立ちだ。
まずは活気のある通りを一通り流し、それから脇の細い路地を順に確かめる。
一刻ほど巡回してみたものの、情報にあるような危険な怪は、その気配すら感じさせなかった。
「……平和だねえ」
「まだ、判らないよ」
すでに緊張の切れたあゆきは、あくびをひとつして通りの店をのぞきはじめた。
「小腹も空いたし、ちょっとおはぎでも食べない?」
「……さっきお団子食べたばかりでしょうが」
「腹が減っては仕事は出来ん、て言うじゃん?
任務のためだよ、さ、補給補給!」
「……」
喜々として和菓子店に入っていこうとするあゆきの背を、渋い顔で追った。
その時、通りの向こうで、甲高い悲鳴が上がった。
「きゃあーーーっっっ!」
みなぎとあゆきは、瞬時に見廻隊士の顔に戻る。
悲鳴の方向へと向かって、勢いよく駆け出した。




