序章~もうひとつの岐阜の町へ~ 2
宵ノ岐阜城下町、金華山のふもとに、ひっそりと建つ二階建ての洋館がある。
玻璃の館と呼ばれるそこまで走り切ったみなぎは、少し息を整えると、館の名の由来にもなっているステンドグラスで彩られた扉を開け、中に入った。
ランプのわずかな灯りのみの薄暗い部屋の壁際には、びっしりと棚が並べられ、美しい羽根を持つ鳥の剥製や、蝶の標本、得体の知れない木片の瓶詰めなど、様々なものたちが収集され、展示されている。
部屋の中央部には、淡い光を放つ鉱石たちの納められた、ガラス張りの平面展示台が据えられていた。
石達のざわめきを横に、そのまま奥へと向かう。行くほどに部屋は闇に沈み、怪しげな棚が増えていく。
はじめて訪れるものは、とても足を踏み入れようとは思わない、不気味な冷気すら漂う四つ目の展示室を抜けたところに、階下に降りる階段があった。
急な階段を軽やかに駆け下りた。
足下すらおぼつかない闇の底。
だが、学校をサボってここに入り浸る相棒を、もう何度捕まえ……じゃなく、迎えにきたことか。
慣れたみなぎは、ほぼ暗闇の廊下を構わず進む。
するとみなぎの歩みを誘うかのように、足下が、かすかに青白く光った。
ここの地下階にだけ生息する発光生物の一種なのだという。
彼らは来訪者の案内役でもあった。
青白い光は、するすると通路の奥へと伸びていき、はるか先で左側の扉にするりと伸び上がった。
光に導かれるまま歩いて行くと、それは楽しそうな独り言が聞こえてきた。
「……ふふふふふ。
……キタコレすっご! やば!」
みなぎは軽くこめかみを押さえた。
ノックなんか無用だ。黒光りする真鍮のノブに手をやり扉を開ける。
そこはレトロな薬瓶のびっしり並んだ研究室。
その一角に、アルコールランプに怪しげな薬品の入ったフラスコをかけて、ふつふつと沸き立つ赤紫の液体をそれはそれは楽しそうに観察する、制服に白衣をひっかけた少女の姿があった。
みなぎの相棒、あゆきだ。
「……不気味な笑い声」
「失礼だなみなちゃん。
薬師たるもの、新たな素材に新たな薬効を見いだしたら、知らずと頬が緩んでしまうものなのだよ?
まして誰も居ない館内。ちょっぴり声高に笑ったところで、ヨイノルリホコリさんご一行様に聞こえてしまう程度さ、気にしない気にしない」
「ヨイノルリホコリ……?」
あゆきのかわりに、足下で淡く床を光らせ道先案内をしてくれていたものたちがちいさく鳴いて(?)応えた。そうか、これの名前、ヨイノルリホコリって言うんだ。
などと感心している場合じゃない。
またフラスコに対峙し、自分の研究の世界に帰ってしまいそうになっていたあゆきの左腕を、みなぎは無言で引っ張る。火の不始末は危険だから、アルコールランプに蓋をかぶせるのを忘れずに。
「ああうみなちゃん! ご無体な!
あと一息!
……いやせめてあとこの経過だけノートに書き留める時間のお情けをおう……!」
そう言って一息で終わったためしなんか、この十四年の付き合いで一度だってなかったものを。
近くに放ってあったあゆきの通学リュックとサブバッグをひょいひょいと片腕に引っかける。
そしてもう片腕で、まだ名残惜しそうに何やら叫び続ける相棒をずるずると引きずって、みなぎは地下階の出口の階段へと急いだ。