僕と主人のプロローグ
僕はまだまだ見習いの執事として、とある王家のご令嬢に仕えている。
お父様やお母様は僕よりすごくて、王様や王妃様のお世話をこなしていたりする。
本来なら、執事には家族など作る権利は持たされていないのが、慣わしだが、僕の家は少しばかり特殊だったりする。
昔、幼いながらに疑問に思って質問したことがある。
「父様、母様。なんで他のみんなはお外から来るの?」
「それはね、もっと大きくなったらわかるよ」
と、それ以上は優しい笑みを浮かべて答えてくれなかった。
その時よりも成長した今は、執事としての訓練やなぜか、本格的な体術の訓練なども受けている。
いろいろな知識を詰め込まれている過程でお城の外に投げ出されたりもしたなぁ。
その過程で知ったのだが、どうやらこの世界には紋章というものが人には現れるらしい。
基本的にはその家には紋章、といったふうに受け継がれていくらしく。
そもそも、紋章を持つ人が現れること自体が珍しいらしい。
そして、僕の家族が王家に使える使用人の中で一際、特別扱いされている、理由がわかった。
「僕にも紋章が…?」
いつも通り訓練を終えて、令嬢のお世話をしている時に鋭い痛みを手の甲に感じ、初めてミスをしてしまった。
「どうしたの!?」
ご令嬢はまだまだ世間知らずなので、友達のように接してくれる。
父様と王様も公の場では無いところでは、普通の友達のように接している。
「すみません、お嬢様。ちょっと、手が痛んでしまって…」
と会話をする間も痛みは引くことなく痛みを与えてくる。
流石に、いつもつけている手袋をとって見ると緑色の光が目に飛び込んできた。
そこには盾と剣の紋章が。
「あ、これは、あなたのお父上の手にも浮かんでいたものです!!」
「父様にも…」
と平然に会話しているが、今この時にも手を握られていて少しドキドキしてしまっている。
そして、距離が近いことに気づいたご令嬢も少しばかり顔を赤らめて離れる。
少しばかり、なんとも言えない空気が二人の間に流れる。
「…お、お父様に話してきますね!!」
それだけ言い残すと他のお世話係のメイドの制止も聞かずに、飛び出していく。
それにしても手の甲に現れたこの紋章もそうだが…。
窓際で揺れるパンジーを見つめながら。
「お嬢様の手、すべすべで気持ちよかったな…」
と、今思うと恥ずかしい独り言を呟いてしまった。
落としてしまった、お嬢様の櫛などを片付けていると母様がやってきた。
「あなたにもこれで理由がわかったかしら?」
と優しい笑みで答えを数年越しに教えてくれた。
そして、王様と父様が待つ執務室へ。
「ついにお主にも紋章が現れたと聞いたが?」
「はい。ご主人様。突然痛みが走ったので確認したところ、手の甲に確認いたしました。」
「そうか!!この場はワシとこやつしかおらぬからな、堅苦しいのは抜きじゃ!見せてみよ!」
「あ、はい」
その横では父様と母様がいつもの僕を見てくれている優しい微笑み以外にも何か嬉しいことがあるかのような表情をしている。
「これは間違いないな」
確認した王様と横で見ていた父様が頷いている。
それから、今まで教えてくれなかった、僕の家族と王様達との関係について教えてくれた。
詳しい時系列などは省くが要するに、この紋章は誰かを守りたい気持ちが芽生えた時に現れる、紋章でこの国最初の王様に支えていた僕の先祖様にも現れて以来、ずっとらしい。
「しかし、この紋章が現れるのは守りたいと思える人に触れている時とのことだが…」
僕がこの紋章を発現したのはご令嬢に触れていた時という時…。
つまり、あの時僕が感じていたドキドキは異性に触れたというよりは…。
「僕はご令嬢を好きになってしまったということですか…執事としてはあるまじきことですよね…」
「はっはっはっ!!それをいうのであればお主の父であるこやつも、執事としてはあるまじき行為をしたことになるな!」
「おい、それを言うんじゃないよ」
「あら、あなた。隠したいことなの?」
「そう言うわけではないけれども…なぁ?」
どうやら母様も先代の王様の娘として生まれたが、この一件のために降嫁したとのこと。
どうやら、その事例が今回も起きてしまったようだった。
そして、それについての判断も前もって決めていたようで…。
「娘が君といることを選ぶのであれば同じようにしようと思っているよ」
との言葉をいただいた。
その場での回答は僕にはできなかったが、僕の気持ち的にはほぼ決まっているようなものだった。
そして、その執務室のアガパンサスの花のモチーフが彫られた扉の向こうで、当のお嬢様が顔を赤らめているとは思いもしなかった。
しかし、それが決まったところですぐに事が進むわkでもなく当面は紋章を使った訓練が増えたりしたものの、いつも通りの毎日を過ごしていた。
多少、ご令嬢との距離感はぎこちないものがあったけれど…。
そんなある日。
王様の長男が正式に王太子として、次期国王となる発表会の日。
いざ、王族が壇上に上がり話をすると言う時に、会場の電気が落とされ、暗闇に包まれる。
父様は王様へ、母様は騎士と共に王妃様へ。
ちなみに余談だが、母様は父様よりも体術が上手いらしい。
王太子はそば付きの騎士や親衛隊に守られている。
そうなると必然的に狙われるのは、一人娘のご令嬢。
しかも、そのそばには普通の男しかいないとなると、格好の標的に見えるだろう。
しかし、彼女には指一本触れさせない。
父様がしているように手袋を外し紋章を出すと、壁際に寄らせた彼女の前に立つ。
緑色の紋章の光に照らされ、5枚花弁のライラックが紫に見える中。
あちこちから、駆け寄る微かな足音に向けて僕は言い放つ。
「お嬢様…いや、彼女に傷でもつけてみろよ…地獄が生ぬるいくらいの痛みを与えるからな…」
多少はその凄みが聞いたのか足音が緩むが、変わらず突っ込んでくる。
その黒い影達との突発的なダンスを演じ、明かりがついた頃には父様たちの前と僕たちの前に、死なない程度の傷や動けないほどの怪我を負った襲撃者達が。
「あの…」
どこかで見たことあるような、僕より年上の女性が声をかけてくる。
「よかったら、私の婿に…」
「ダメですっ!!彼は私のモノですっ!!…あ、いやモノではなくて、その、」
勢いよく出てきた彼女がしどろもどろになる姿が愛らしく思ながら、声をかけてきた女性に剣を向ける。
突然のことで驚く彼女とその周囲の人間。
「美しい方からのお誘いならば嬉しい限りですが、このようの場に血の匂いが染み込んだ武器を持ち込むような方に言われても嬉しくはないですね」
驚き逃げる女性を制圧しながら、僕は言う。
「それに僕の生涯は彼女と共に在ると決めているので、どんな方に言われても心は揺らぎませんよ」
と、今の僕なら恥ずかしくていたたまれないようなことを言った。
ひとまず、その宴は中止し後日、警備を強化した状態で無事に行われた。
同時に彼女の降嫁の話も発表され注目されてヘマをしたのは、忘れたい話だ。
それからは、お互いのことを深く知っていくために、初めてお城の外でのデートをしたり。
初夜を迎えたり…。
普通の恋人がするようなことをしつつも、王族ならではの贅沢をさせてもらったりとか。
貴重な経験をさせてもらっている。
そして書いている今、僕の横でうとうとしながらも肩に頭を預けて、ゆったりとした時間を彼女と過ごしながら、明日のことに想いを馳せる。
明日は、王太子が国王の座に着く日だ。
それと共に、父様と母様は第一線を退き、退く国王様と共に離れで余生を過ごすそうだ。
つまりは、幼い頃の父様の立場に僕が立つと言うこと。
これからは、彼女を守りつつ国王の1番の盾として剣として、そばに立ち続ける。
そんな覚悟をしながら、彼女をベッドへ運び軽くキスをする。
「あら、思い出を振り返るのは終わりかしら?」
どことなく母様のような口調で問われた僕は、君とも色々あったねと言葉を返しつつ肯定する。
どこかイタズラっぽい笑みを浮かべた彼女は、僕の首に腕を回し…。
「じゃあ、次は今の私との思い出を作りましょう?」
とても魅力的で逆らえないような表情を浮かべつつも、お互いに
とても優しい笑みでキスをする。
僕たちの窓から見える、王城の中にはシバザクラが静かに揺れていた。