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決意

 叔父夫婦に引き取られてから5年後、あたしは大学に通うために東京で一人暮らしを始めていた。あたしを優しく育ててくれて大学の学費、さらに一人暮らしまでさせてくれる費用を出してくれた叔父夫婦には本当に頭が上がらない感謝の気持ちでいっぱいだった。昔の暗い記憶を完全に捨て、ヘアカラーも心機一転変え、あたしは東京での新生活への希望で胸がいっぱいだった。


 入学式の日は雲ひとつない晴天で、満開の桜が美しく咲き誇っている。入学式を終え大学の部活動やサークルの勧誘が大規模に行われているのを見て、


「ああ、ようやく大学生になったんだな」


 とようやく実感が湧いてきた。そんな中すみませんと男性に声をかけられたので振り返ると、


「あのー、清水葵さん、だよね。俺、小学校と中学校で一時期一緒だったんだけど覚えてないかな」


 忘れるはずがない。できればもう二度と会いたくもないと思っていた顔だ。とはいえ、なんだか彼はオドオドしている様子なので、もしかしたらあの時の謝罪をしたいのかなと思い、けんもほろろに対応することなく、とりあえず様子を伺うことにした。


 結論から言うと、自身の言動について彼からの謝罪は全くなかった。やれ小学校時代のあたしがどうだっただの運動会がこうだっただのくだらない思い出話にあたし達は花を咲かせた。目の前で馬鹿みたいなツラで馴れ馴れしく話をすることにも、こんな奴に少しでも謝罪してくれるんじゃあないかと期待した自分にも恥ずかしい気持ちや苛立ちを覚えていた。その感情を顔に出さないように必死に取り繕う。感情を取り繕うような演技は昔からお手のものだ。


 それから顔を合わせる度に彼とあたしは世間話をするような間柄になるのだが、女性に対してのデリカシーはないし、特にあたしの話に気の利く相槌を打つわけでもなく、おまけに話はつまらないと話し相手として本当に最悪な人間だったから、大学に行ったらできるだけアイツには会わないようにと自然に祈るようになっていった。


 大学に入学して2ヶ月が経った頃、あたしは大学から友人になったエミと昼休みにおしゃべりをしている最中、


「葵ってさー、今は明るくて話しやすいって感じだけど昔はめちゃくちゃ暗かったんでしょ」


 と言うので、


「え?あたしの昔の話なんて誰から聞いたの?」


 と聞き返す。正直心の奥底では薄々誰かは気づいていたが、まさかと思い聞いてみる。


「名前忘れちゃったんだけどさ、ウチの大学の葵と小学校と中学校が同級生だったあの男よ。いやーでも葵も災難だよね。あの人なんていうか人との距離感掴むの下手くそだしさ。初対面のあたしに平然と『ブス』とか言うくらいだし」


「あーそうなんだ……他になんかあたしについて言ってなかった?」


 嫌な予感がする。ここで聞いたら何か取り返しのつかないようなことになってしまう気がしたが、今更この問題を放っておくわけにはいかない。


「うーん、そういえば葵のお父さんについて話してたかな?なんか小さい頃の葵がテストで点数取れなくて平手打ちされながら説教されてるのを見たって笑いながら言ってたよ」


 ああ、最悪だ。こいつは今までのことを反省しているどころか大学生になった今でも同じことをまた繰り返している。お前が言ったその根も葉もない噂のせいで、あたしが、どれだけの人間が、不幸になったかアイツの目の前で思いっきり叫んでやりたかった。消えかけていた彼への憎悪の炎が、メラメラと激しく燃えたぎっている。


 アイツはあたしの手で始末してやる――。長年の恨みによって生み出された決意は、あまりにも固いものだった。


 なんとか目立たない場所で2人きりになる状況を作り、あの男を殺す方法をあたしが苦心して計画している最中、なんと標的の方からあたしの方に連絡が来た。


「葵さ、今から大学で会えない?」


 ここ数ヶ月の動きに感づかれたのか?いや、表立った行動は何もしていないからあり得ないはずだ、とありとあらゆる策略を巡らせていたら、いつの間にか中央広場に辿り着いていた。


 16時10分。アイツがやってきた。人を呼び出しといて遅刻とか本当にろくでもない男だな、と考えていると、両の耳を疑うような言葉が彼から発せられた。


「ずっと好きでした。ぼくと付き合ってください」


 はあ?何を言っているんだこの男は?過去に自分が何をしたのかわかっているんだろうか?他人からの好意をここまで不快に感じたのは人生でこれで最初で最後だったけど、これは目立たない場所で2人きりになる状況を作るチャンスだと思い、告白をOKし、自宅に2人きりで行くように誘導した。いきなり家に行くのは怪しまれるかな?と不安だったけど彼が馬鹿で本当に助かった。心臓の鼓動が計画遂行の緊張と彼への憎悪で早くなり、手を震わせた。


 家に入ると、急遽頭の中で組んだ殺人計画の設計図通りに彼を刺殺した。目撃者に気を配る必要がなかったので、特に計画に大きな狂いはなかった。


 彼をナイフで刺し返り血に塗れた瞬間、暗い過去との決別ができた気がした。これからがあたしのまっさらな誰にも邪魔されない人生の始まりだ、とまるで夏休みの宿題を全て終わらせたかのような解放感に浸っていた。



 吉田が到着したのは清水が電話してから4分後だった。出来るだけ全力でここへと向かってきたと言わんばかりの息の荒さであった。


「清水さん、これは、これは何があったんだっ!」


 と、吉田が問うと、


「あ、あたし……彼に『レポートを一緒に清水さんの家で手伝ってほしい』って言われて彼を家の中に上げたら……突然ベッドに思い切り強い力で押し倒されて、レイプされそうになったから不意を突いてキッチンに咄嗟に逃げたんだけど……彼にベッドまで行くように強要されたの。パニックになって……あたしは……近くにあったナイフを手に取って……彼の指示に従ったフリをしてベットに行ってナイフで刺したの……。これがここで起こった全容よ」


 と清水は涙ながらに語った。もちろんほぼ出鱈目で流している涙も嘘泣きなのだが、この衝撃的な状況に突如放り込まれ、そしてこの部屋で亡くなっている男がいかに最低かを嫌というほど知り尽くした吉田は思考回路がまともに働かず、清水の言い分を全てを鵜呑みにし、警察に通報した。


 数十分後、数十人もの警察官や鑑識がが清水の部屋を訪れた。清水は吉田に伝えた言い分をそのまま刑事にも伝えた。もちろん、彼に話した時と刑事に話す時で話に矛盾が生じないように、ゆっくりと、慎重に話を続けた。捜査にあたった刑事は、抵抗の痕があまり多くないことに多少疑念を抱きながらも、彼女の言い分に大きく矛盾するような証拠もないことから、清水に同情し、彼女の言い分を大体信じている様子だった。ある刑事は、聞き覚えのある清水葵という名前から過去の事件を思い出し涙を流している。


「清水さん、事件のことを思い出すのは非常にお辛いと思い出すのは非常に辛いとは思いますが、署で再度お話しをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 蚊の鳴くような声ではい、と返事をすると、少し笑みを浮かべながらパトカーへと乗り込んだ。



「神様!ひとつお聞きしたいことがあります」


 と、天使が尋ねる。


「なんだ?」


「なぜあのような者に『相手にどれくらい嫌われてい

るか分かる』ような能力を与えたのですか?」


「ああ、あの男は多くの周囲の人間に恨みを買っておったからな。しかも憎悪を図抜けて抱えている女もいたし。まあ、下界の人類1人の命なんてどうでもいいんだが、ワシの担当地区でなるべくトラブルなんて起こされたら色々面倒だし、だからあの能力を与えたんだよ。立場上どんな能力かは教えることはできなかったのはこちらが悪かったとはいえ、まさかあんな真逆の解釈をするとはなあ」


 と、神は嘆くように話した。


「神様、それではそんなまどろっこしい能力よりもよりシンプルな『相手の心を読める能力』を与えたら良かったのではないでしょうか」


「ダメだよ、ダメ。社会的集団で過ごす人類がそんな能力身につけたら半日でおかしくなるのがオチだ。世の中には知るべきこととあまり知らない方が良いことがあるからね」


 神様は、悟るように語った。

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