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告白、そして

清水葵は小学校からの旧い知り合いだった。彼女は小学5年生の秋に東京から転校してきたらしく、切れ長の目にすっと通った鼻を持ち合わせていた彼女は、かわいいというよりも小学生とは思えないほど大人びている美人、といった感じだった。そんな彼女は転校してきた当初こそ多くのクラスメイトに囲まれ賑やかだったが、いつも物憂げな表情で、ほとんど他人に笑顔を見せない彼女に対して多くの人々は彼女のもとを離れていった。ただ、そのような状況の中、ぼくだけは清水葵に対して積極的に話しかけていた。いや、特に話すこともないのでちょっかいをかけていた、という表現の方が正しいだろう。というのも、ぼく自身彼女に一目惚れしていて、彼女のことをもっと知りたい、もっと話してみたいと思っていたのだ。ぼくは葵に対して毎日毎日話しかけるようにした。近所で捕まえたカマキリを見せるといったちょっかいをかけたり、


「ねえねえ清水さん、清水さんはなんで東京からこんな所に来たの?」


 といったように色んな質問をぶつけた。彼女は始めこそ時折嫌悪感丸出しの瞳をぼくに向ける以外は完全にぼくのことを無視していたが、段々と必要最低限ではあるもののぼくの質問に対して返答するようになった。初めて質問に対して答えが返ってきた時の喜びは、今でも夢に見るくらいだった。


「清水さんの好きな食べ物、ハンバーグらしいよ」


 質問からわかった彼女のさまざまな情報を、クラスメイトに共有することもあった。ミステリアスな魅力に満ちていた葵の情報は、どんな些細なことでもクラスを熱狂させていた。


 そのようなやりとりが彼女が再びどこか田舎へ転校する中学1年生まで続いた。彼女が転校する前日、ぼくは転校するとは知らずにある質問をした。なんと質問をしたのかはあまりはっきりと覚えていないが、

「世の中には知るべきこととあまり知らない方が良いことがあるのよ」


 という冷たい言葉とは裏腹に、いつもと違って朗らかな表情をしていた彼女がとても印象的だった。


 清水葵と再会したのは大学生になってからだった。同じ大学に進学していたとは知らず、入学式の日にキャンパスで偶然出会ったのだ。彼女がぼくのことを好きであると能力で知ることになった今考えると、この再会は運命だったに違いない。彼女はブラウンのショートボブにヘアスタイルを変えていたが、ぼくが一目惚れした中学時代の面影を大きく残した美しい彼女を見るや否や、すぐに誰だかわかった。満開の桜の中に佇む彼女を見ていると、心臓の鼓動がドクンドクンと大きく鳴っていたことを覚えている。恐る恐る勇気を出して彼女に話しかける。4月にもかかわらず、ぼくの額には大粒の汗が滲んでいた。葵はなんとぼくのことを覚えてくれていた。小中学校の話でお互い軽く談笑をして、スマホを取り出し連絡先を交換して別れた。その日から大学で顔を合わせる度に世間話をするような関係へと変化していった。ぼくが一番驚いたことは、葵が小中学校の頃の氷のような女性からまるで温かい太陽のような女性へと変わっていたことだった。小中学校の頃の関係性とは大きく変化したのはお互い成長したからかなあとぼんやり思いに耽る。ああ、そういえば葵の連絡先が入ったスマートフォンを数十分見つめていたぼくを面白がった吉田に声をかけられたんだったな――。


 そんなことを思い出していると、いつのまにか身体は待ち合わせ先の中央広場にたどり着いていた。腕時計を見る。時計の針は16時10分を指していた。


「おまたせ、ごめん、遅かったよね」


 ぼくが葵に対して謝罪すると、彼女は、


「まだ10分しか経ってないじゃない。で、わざわざ私を呼び出すなんて珍しいけどどうしたの?」


 と肩をすくめるように笑っていた。笑っている葵の夕日に照らされている姿は、まるで古代ギリシア彫刻のような美しさだった。


 これからぼくが言わんとすることは、普段だったら両の脚は震え、身体から多くの汗をかき、唇は震えるほどの言葉だったが、ぼくが平静を保つことができたのは、あの頭の上の好感度が見える能力で、彼女もぼくのことが好きだとわかっているおかげだろう。


「ずっと好きでした。ぼくと付き合ってください」


 すっと澱みなく言葉が出た。この言葉を言うまでに、千の言葉を考えたが、自分の想いに1番真っ直ぐな言葉を選択した。彼女は少し驚きの表情を見せたように見えたが、その表情を微笑みへと変え、


「こちらの方こそ宜しくお願いします」


 その言葉を聞いた瞬間、ぼくは今すぐ中央広場を走り回りたいような気持ちに駆られた。心の中で大きなガッツポーズを5回繰り返した後に、


(ああ、神様、この能力をぼくにくれたことを本当の本当に感謝します)


 と、普段は信じてもいないありとあらゆる神に対して感謝の意を伝えた。この能力がなかったらきっと一生想いを伝えられなかっただろうな――。そんなことを思っていると、


「あのさ、私たち今日念願のカップルになったんだし記念に私のお祝いでもしない?私一人暮らしでさ、ここから近いし」


 という提案が彼女の口から発せられたことにぼくは驚いた。交際初日からいきなり彼女の自宅に上げてもらえるなんて夢でも見ているんじゃあないかと思わず小躍りしてしまいそうなくらいの気持ちだったのでもちろんぼくは二つ返事で了承した。彼女は大層喜んでいる様子でぼくの瞳をまじまじと見つめている。彼女の頭の上の数字は、尋常じゃない速さで増加していた――。



 葵の借りているマンションは大学から徒歩5分もかからない近さのところに建っていた。彼女の話によると、築年数こそ35年と少し古いものの、3、4年前辺りに行われた大幅なリフォーム工事により外観や内部はとても綺麗らしく、大学に近いことから葵も気に入っているらしい。


 葵が自分の部屋の前で足を止め、慣れた手つきで鍵を差し込み、施錠を解く。彼女に促されるまま、ぼくは初めて恋人の部屋へと2人で入っていったのである。彼女の部屋は書類や洋服、家電や雑貨や靴などありとあらゆるものが綺麗に整理整頓されていて、彼女の几帳面な性格が窺えるような部屋になっている。ぼくは小学生の頃の隣町を探検しているような高揚感を大学生になった今、じっくりと味わっていた。


「私たちさ、恋人同士になったんだよね」


 葵がおもむろに言う。彼女の顔は耳まで紅潮していた。見てるぼくまで顔が赤くなりそうだ。


「ああ、そうだね。正直、ずっとこの想いをずっと伝えたかったからすごく嬉しい」


「小学校からってこと?」


「一目惚れだったよ」


 今まで葵に長年言いたかった想いが言葉という形になって溢れ出した。彼女は照れ臭そうに、一言一句逃すまいと聞いていたように思うが、それ以上にいかんせんぼくが想いを伝えるのに必死だった。


「あのさ、今日は記念日だしさ……キスしない?ベッドの上で」


彼女からの提案に黙って頷く。彼女の自宅に行くということはそういう展開も想像していたが、いざそうなると案外緊張するものだ。


 ぼくは葵のベッドの上に座った。恋人同士ではあるもののなんだか入ってはいけないプライベートな領域に入り込んでしまったようで、鼓動が少し早くなった。葵がすぐさまぼくの隣に座る。ぼくが彼女の両手に手を置いて押し倒すと彼女は、


「ちょっと心の準備するね」


 と言ってキッチンへと向かった。どうやら水を飲んでいるらしい。緊張で口がカラカラにでもなったかな、と葵も緊張していると考えると、少し緊張がほぐれたことが実感できた。


「目瞑ってて」


 葵がキッチンからそう声をかけると、ぼくは素直にその指示に従った。こうやってキスを待っている時間も、恋人同士には重要な時間だと思う。


 彼女がゆっくりと近づいてくるきたのが気配でなんとなく察知できた。鼓動が唸りをあげるように早くなっている。


 彼女がぼくの目の前に立った瞬間、激しい痛みと熱さがぼくの腹部を襲った。何事かと目を開けると、そこにはぼくの身体の奥深くにまで突き刺さる包丁と、返り血で白いTシャツが真っ赤に染まる彼女が目に飛び込んできた。彼女は包丁を一気にぼくの身体から引き抜くと、グサッ、グサッと2回ぼくの腹部へと力いっぱいに包丁を突き立てた。


「な……なん……で……?」


 激痛で今にも気絶しそうな身体の言うことをなんとか聞かせて搾るように問うたぼくの最期の質問に対して彼女は、


「さようなら」


 とだけ言い残した。最期に目に焼き付いた表情はあの時と変わらない、冷たい言葉とは裏腹にとても朗らかなものだった。



 清水葵の部屋で「事件」が勃発したのと時を同じくして、吉田は大学の構内の廊下にてある男とぱったり出会っていた。相手の男は山田といい、吉田の数多い友人のうちの1人である。


「よお吉田。なんか今日まるで喉の奥につっかえた魚の小骨が取れたみてえな顔してるじゃん。なんかあったのか」


 吉田のどことなく安堵した顔を見て山田が発した表現だったが、吉田はなかなかうまい喩えだなあと感心していた。


「いやあ、ようやくあの金返したんだよアイツが。ったく、俺が金欠だってことはこの大学だとどんな奴でも知ってんのに忘れたフリして半年も返さねえんだからホント良い性格してるよ」


 と、吉田が吐き捨てる。山田はそんな吉田に少し同情したような表情を見せながら、


 「あんなヤツと縁切っちまえよ。あいつと関わりある人間はほぼ例外なくあいつの悪口しか言ってないし、女子の評判もなにかとジロジロ見て気味が悪いとか言ってるし男女関係なく評判最悪だぞ」


「俺も何度も遠回しに縁を切ろうとしたけどな。なんていうか、あいつにはそういう相手の雰囲気とか空気を読む能力が絶望的に欠如しているんだ。今日もようやくあの野郎が金返した時に嫌味ったらしくありがとうって言ってやったのに、善行1つ積んだような顔してたからますますアレに嫌悪感を覚えたよ」


「ま、金返ってきたのが不幸中の幸いだと思って今日は祝杯でも上げようや」


 そんな愚痴大会が繰り広げられている中、吉田のスマートフォンがうるさく音を立てていた。

「わりい、電話だわ。またな」


 吉田がそう言うと、山田に軽く会釈した後、廊下から外へと足を運び、電話を取る。スマートフォンの画面には“清水さん”と表示されていた。確か一度同じ講義を受けていたが、なかなかの美人だったと記憶している。


「もしもし、吉田ですけど」


「もしもし、吉田くん?助けて!」


「え?何かあったんですか?」


「私が来る住所に来てほしい!」


 彼女が矢継ぎ早に住所を告げると、電話はあっという間に通じなくなってしまっていた。何があったのかこそさっぱりわからなかったものの、何か只事ではないことが発生していると察知した吉田は、指定された住所へと駆け抜けた。


 吉田への電話を終えると、あたしは部屋の片隅にちょこんと体育座りをし、身を屈ませながら震え、怯えるように見える演技に努めた。吉田が大学からここまで走ってくるとして、時間的猶予は全くないと判断し、あたしが取るべき最適解の行動を取る。そして身を震わせながら部屋にある死体の状態を確認する。不自然な傷や証拠は何一つ残さなかった筈だ。苦痛と驚嘆…そんな表情を見せた死体の顔を見ると、あたしはふと昔の思い出を想起させた。

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