九十四話
せっせと岩肌から苔を削ぎ落とす。
「これだけあれば大樽一杯分のローションが出来るわよ」とベガ。
「『大樽一杯分』じゃ足りないんだよ。
そうだな、『大樽四十杯分』は必要なんだ」
「そんな『四十年分』のローション、どうするのよ!?」とベガは言うが、大樽一杯分のローションをどうやって一年で消費するのか、は子供の俺にはわからない。
全くお盛んな事で。
「大量に必要だから、今日の内に採取に来たんだよ。
ローション制作にも時間がかかるでしょ?」
「そうね、それだけ必要なら一日は必要かも。
・・・ってアンナ、私をこき使うつもりだったの!?」
「ベガには救出作戦に参加はしてもらわない予定だから、今日と明日は頑張ってよ」
戦闘力としてはベガがカメムシ以下だからだが、それは言わない。
「楽勝じゃん」とカナがレナの作った料理を食べながら言う。
「バカ、それは死亡フラグだ!」と俺。
「しぼうふらぐ?」もちろんカナは日本の『死亡フラグ』の概念を知る訳がないか。
カナは料理の美味しさに浮かれている。
・・・と言っても、小屋に住んでいるカナはレナの作った料理には慣れているはずだ。
俺が日本から持ってきた食材が珍しいといえば珍しいのか。
「ローションの材料集め自体は大した手間じゃないのよ。
私でも出来るくらい。
それに少しであれば食料である苔を取っても『アレ』の逆鱗に触れる事はないわ。
そう、今みたいに大量に『苔』を取らない限り大丈夫よ」とベガ。
ちょっと待て。
大量に散々苔を取った後に言う事じゃないだろう!?
せめて苔を取る前に注意してくれ!
唸り声が聞こえてくる。
ホラ、言わんこっちゃない!
相当怒ってるぞ!
そりゃそうだ。
食い物を根こそぎ持って行こうとしてるんだから。
『アレ』ってどれだけ恐ろしい怪物なんだ!?
アレのシルエットが見える。
・・・別に大きくないぞ?
むしろ小さい。
つーか、人?
つーか、女の子?
俺は女の子の首根っこを掴んで持ち上げる。
「うー、うー」女の子は恨めしげな唸り声をあげる。
「『うー、うー』言うんじゃありません!」俺の口調はまるで躾をする教育ママのようになった。
「お前らがワシの食事を根こそぎ持って行くからだろうが!」女の子がこちらを非難するように言う。
見た目とは反して、女の子は年寄りのような口調だ。
『久しいの?
地龍よ』アクアが呼び出されてもいないのに表に出て来て女の子に話しかける。
「あー!水龍!」と女の子がアクアを指差す。
「えーっと、アクア、この女の子と知り合い?」
『知り合いというほどのモノでもないな。
実に百数十年ぶりだ。
しかし、全く知らない仲でもない。
顔見知りといった感じか?』
「悪いけど紹介してもらえないか?」
『紹介も何も見た通りだ。
こやつは"地龍"のガイア。
我と同じ古龍だ』
「このちんちくりんが!?」俺は思わず心の声を口にしてしまった。
「誰が『ちんちくりん』じゃー!」
俺に持ち上げられ、ジタバタしながら女の子は喚く。
「古龍って事はモンスターテイマーはテイム出来ないの?」
「ワシをテイム出来る者などいない!
もしテイム出来る者がいるならワシはその者と契約しようではないか!」
ガイアは得意げな顔で言う。
二人目の古龍をテイム出来るチャンスだ!
ケイ、やってしまいなさい!
「そんな簡単にテイム出来るのかしら?」
ケイは半信半疑だ。
大丈夫、アクアも簡単にテイム出来ただろう?
「あれ?
何じゃ、これは?」
ガイアの左手の甲にはテイムビーストの証である紋章が浮かび上がり、それをマジマジと見ながら言う。
『我と同じようにテイムされたという事だ』
アクアが自分の左手甲にも浮かび上がっている紋章をガイアに見せる。
「じゃあ約束通りテイムされたんだから、仲間になってね!
実は無理矢理テイムして仲間にするのには抵抗があったんだよね。
自分で『テイムしろ』って言ってくれて助かったよ」とケイ。
『二言はないな、ガイアよ』アクアがニヤニヤしながら言う。
「うー・・・・」
ガイアはまさか自分がテイムされるとは思わなかったんだろう、恨めしげな唸り声をあげる。
過去に数十、数百人に及ぶモンスターテイマーがガイアをテイムしようとしたが出来なかったのだろう。
そりゃ出来る訳がない。
『ビーストテイマー』の管轄なのだから。
『そう嘆くものでもないぞ?
我もケイにテイムされたが、快適そのものだ。
まして、この谷に引きこもっているガイアにとってはテイムボックスの中は谷より居心地が良いだろう。
しかも必要な生気はケイから供給されるから、食事も不味い苔を無理して食べなくても良いのだ。
だからと言って何も食べられなくなる訳じゃない。
食事は完全な趣味として食べたい物だけ食べれば良い』
「苔って不味いの?」と俺。
『知らん。
だがガイアはここに引きこもっているから"仕方なく"苔を食べて凌いでいたのだろう。
我が知っているガイアは他の物も食べていた』
「・・・本当に生気を供給してくれるの?」
おずおずとガイアが聞く。
『ケイの生気は格別の旨さだ。
苔などとは比べ物にならん』
「・・・わかった。
テイムされる」
ガイアがテイムされた途端にレベルが大量に上がった。
綾美はどうやらレベルアップで『翻訳スキル』を得たみたいで、アクアやガイアの言う事が理解出来ているみたいだ。
アクアがテイムされた時もそうだったが『古龍がパーティに討伐された』扱いなんだろう。
「苔を食わなくて良いなら谷に生えてる苔を全部持っていってもかまわんぞ!」とガイア。
「良いのか?
もう苔が食べられなくなるぞ?
苔って不味いのか?」と俺。
「旨いも不味いもない。
味が全くないのだ」吐き捨てるようにガイアが言う。
実は相当苔には嫌気がさしていたようだ。
「おやおや、預言の通り谷にいるみたいだな!」
後ろから男の声が聞こえる。
「誰だ?オメー」と俺。
「言い遅れたな。
俺は勇者様の配下『モンスターテイマー』のゾラだ。
覚えなくて良いぜ?
どうせお前らはここで死ぬんだからな」
「こちらにはアンタとやり合う理由がねーな。
失せな」
「そちらにはなくても、こちらにはあるんだよ。
お前らは預言によると近々勇者様に楯突く。
ここに来たのもその準備なのだろう?」
「その預言っていうのは絶対なのか?」
「『預言の巫女』は人質がいる限り、勇者様に預言を託す事しか出来ないんだ!
預言が外れる事はない!
現に貴様らはここに現れただろうが!」
「『預言は絶対』と言う割にはここに来た勇者の仲間はお前だけみたいだが?」
「フン、勇者様には絶対的な力がある。
そのせいで勇者様は『策を弄する』事を嫌う。
だから勇者様はお前らが何かやっていると聞いても『好きにさせておけ』と全く取り合わない。
しかし俺は勇者様とは違い『ネズミであろうと反抗分子は潰しておくべきだ』という考え方だ!」
なるほど、今回の追っ手はコイツ、ゾラの独断なのか。
しかし一人で現れたのは好都合だ。
どれだけ強いかはわからない。
でも多勢に無勢、タコ殴りにしよう。
こちらの考えを読んだように、ゾラが大量のモンスターを呼び出す。
勇者の配下というのは伊達じゃない。呼び出したモンスターの数と質も半端じゃなさそうだ。
何で解るかって?
だってテイムされたモンスター、デカいもん。
どんなゲームでも最初の方の敵はネズミとかウサギサイズで最後の方の敵は『一つ目の巨人』とかじゃない?
ゾラの呼び出したモンスターの中に『一つ目の巨人』いるもん。
『コイツは参った』とアクア。
「何が?」と俺。
『コイツがテイムしたモンスターの中に紫色の大きなモンスターがいるだろう?
あれが『竜殺し』ベヒーモスだ。
あれには我等の最大戦力『ドラゴンブレス』が一切効かぬ。
ベヒーモスだけであれば、我とガイアがいれば何とか倒せるとは思うが、そうなれば他のモンスターをお主らだけで倒さねばならん。
あまり強くない者を守りながら弱くないモンスターをお主らだけで倒せるとは思えん』
この谷には古龍がいるのは折り込み済みだったんだろう。
まさか古龍が敵に回っているとは思わなかっただろうが谷で戦闘をする以上、龍と闘う準備は万端だったんだろう。
「だったらケイに他の獣を呼び出してもらえば・・・」
「将来的にはそれも出来るようになるかも知れんが、今のケイにワシとアクアの他に獣を呼び出す事が出来るようにするにはレベルが足りん」とガイア。
いよいよ進退窮まったか。
能天気な声でカナが「強そうなモンスターが一杯!」とはしゃぐ。
何で嬉しそうなんだよ。
「じゃあ、テイムしてみるね!」
他人がテイムしているモンスターはテイム出来ない、してはいけない。
それがモンスターテイマーの大原則だ。
それはモンスターテイマー初等教育で叩き込まれる。
『人のモンスターを奪う行為はくずの所業』だと。
どんな悪徳モンスターテイマーでも、人のモンスターは奪わない。
しかしそれはモンスターテイマーとして教育を受けている者の話だ。
見様見真似でモンスターテイマーになったカナの手本はビーストテイマーのケイだ。
ケイに師匠はいない。
常にトライ&エラーだ。
だから『これをしちゃダメだ』という事は自分で決めている。
そしてカナが見たケイの行動に『他人のビーストは奪わない』という行動はない。
なぜなら他にビーストテイマーがいないから。
だからカナの頭の中に『他人のモンスターを奪ってはいけない』という禁止事項はない。
だからカナは壺をテイム出来たのだが。
正規の方法なら他人のモンスターは奪えない。
しかしカナが自己流で学んだ『モンスターテイマー』はまるでゲームのチートによるデータ書き換えのような事が出来る。
ポケモンバトル中に相手のポケモンを自分のポケモンに出来るみたいなチート行為が出来るのだ。
カナはベヒーモスをテイムした!
「へ?」
ゾラは間抜けな声をあげた。
「やったー!
どんどんテイムするぞー!」
カナは腕まくりしながら意気込む。
「ちょっと待って。
どういう事?」ゾラはただただ混乱している。
俺は今回ばかりはゾラに同情するしかなかった。




