六十話
「西の泉には3日後までには向かう」という話になった。
・・・面倒臭い。
まぁ日本に行ってる間、こっちの時間は進まない。
つまり日本で何ヵ月のんべんだらりとしていても、別に異世界の今日には戻って来れる。
とりあえず日本での用事を終わらせてしまおう。
西の泉に凛火達を連れて行く必要はない。
むしろ邪魔になるかも知れない。
「じゃあ水浴びさせてもらうよ?」と俺。
「交換条件だからな。
好きに使いな!」随分高くついた。
でも異世界での水の価値は日本よりも高い。
これが正当な交換条件なのかも知れない。
水浴び場は現在貸し切り状態だ。
他の冒険者達は入ってこれない。
5人で水浴び場の脱衣室に入る。
待かねたように4人の女の子達が着衣を脱ぐ。
そりゃ汗まみれ、血糊もついている状態なのだから、年頃の女の子としちゃ速く水浴びしたかっただろう。
一緒に着替えるのも平静が保てるようになった。
バイト先で「どうしたの?挙動不審だよ?」と言われたが、俺の中では自然に振る舞えるようになった。
でも、一緒に素っ裸になるのはレベルが違う。
モジモジしている俺に山神さんが言う。
「どうしたの?
速く脱ぎなよ。
ベタベタして気持ち悪いでしょ?」と。
山神さんは俺が元男な事を知らないんだよな。
他の人も半信半疑なんだろうけど。
でも俺って誰にも男として見られてないよな。
まぁ、今の俺はどこをどう見ても女なんだけど。
「杏奈?」
水浴びしている時に山神さんに後ろから声をかけられる。
「!?
と、突然声をかけられたら殺されても文句は言えんぞ!?」
俺は山神さんを威嚇するが、威嚇の声は普段の強気な俺の声ではない。
まるで怯えて虚勢を張っているチワワだ。
「ごめんなさい。
でも杏奈はそんな事はしないでしょ?」
特に山神さんは俺の威嚇を気にしていないようだ。
「・・・で、何の用だ?」
「杏奈に良くしてもらった膝を見てもらおうと思って」
確かに短パンをはいているから本来膝は丸出しだ。
でも山神さんの両膝はテーピングでグルグルに固められて、そのうえに上にごっついサポーターを巻いていて膝はまるで見えなかった。
水浴び場でテーピングもサポーターも外しているから確かに山神さんの方を向けば膝は見えるだろう。
でも見えるのは膝だけじゃない。
だってお互い素っ裸なんだから。
「見てもよくわかんないから!
俺はベガを紹介しただけだから!」
俺は慌てて言う。
でも山神さんは俺の前に回り込んでしまう。
女の子との接触を俺が苦手としている事を知っている凛火がこちらを見ながらニヤニヤしている。
そんな堂々としてて良いのかよ?
俺は凛火の裸だって見ようと思えば見えるんだぞ?・・・見ないけど。
つーか、真っ正面から凝視するだけの根性がない。
俺は横目で山神さんの膝を見た。
あくまで見たのは膝だけだぞ!
両膝には大きな手術の跡があった。
「あれ?
悪いのは左膝じゃなかったっけ?」
「元々はお父さんの車の前の車が急ブレーキを踏んで、避けきれなかったお父さんは路肩のガードレールに激突して運転していたお父さんと助手席に乗ってたお母さんは今も意識不明、私は右足に大怪我を負ったのよ。
右足の手術自体は成功だったわ。
でもしばらく使ってなかった右足を庇うように競技していたせいで痛めたのが左膝なのよ。
『靭帯断裂』『靭帯損傷』を繰り返して『あと一回靭帯断裂したら終わりだ』って言われていて、ついに靭帯を痛めてしまったのよ。
あ、授業で痛めたんじゃないわよ?
体操の練習中にね。
あの体育の時は『競技引退しろ』って言われてて捨て鉢になってた時ね。
本当は膝を使う身体測定なんて参加できる膝の状態じゃなかったのよ。
でも『どうにでもなれ!』って気持ちと『私はまだまだ出来る』って証明したい気持ちで無理をしちゃった」
・・・で、左膝を庇ってたら右膝も本格的に悪くなっちゃってね。
あの時は本当は歩くのもままならなかったのよ。
でもね、今は全く痛みがない。
『鎮痛剤で痛みが引いてるだけだ』そう思ったわ。
でも麻酔とは明らかに違う。
膝に力を入れても何ともないのよ!
今だったら体操競技に復帰出来そう!」
「良かったね。
じゃあ復帰するの?」
「無理ね。
『趣味で』なら問題はないと思う。
でも日本代表体操選手の育成には協会からの会費、国からの公費がつぎ込まれるのよ。
一度『再起不能』の烙印を捺された者になんてビタ一文使われないだろうし、日本代表体操選手に復帰するのもほとんど可能性がないでしょうね。
それよりは次の人生の目標、次の自分の可能性を探した方が良いはずよ」
「次にやりたい事なんてあるの?」
「ないわ。
でもどんなに成功をおさめたスポーツ選手でも必ず『セカンドキャリア』ってモノは考えなきゃいけない時が来る。
その時に『自分は競技以外にはやりたくないんだ』なんてわがままは絶対に通らない。
私は今が『セカンドキャリアを選択する時期』だと思ってる。
『諦めが良い』って思うわよね。
実際『潮時』に抗う人は多いわ。
でも抗える人の多くが、『経済的に潮時に抗える人』なのよ。
少なくとも『両親が意識不明の入院中で、収入が一切ない人』じゃない。
私は『諦めが良い人』じゃなくて『諦めるしかない人』なのよ。
『セカンドキャリア』で何をするかまだ決めてない。
でも高校卒業資格は欲しい。
普通科に転科する学力はない。
そこに芸能事務所からの誘いがあった。
『芸能科』なら転科してもやっていけそうだわ」
「俺も大概だけど、山神さんも相当芸能界なめてるよね」
芸能科に『転科』するためには芸能事務所の『所属証明書』が必要になる。
他にも『保護者の印鑑』とか『代理人の印鑑』とか必要なモノもあったけど、保護者も代理人もいない。
いたとしても知らない。
『いない』って事は『準備出来ない』『必要ない』って事だ。
曲解?
知らんよ。
ワープで元教団、現芸能事務所『ラグナログ』に向かう。
ドアを蹴破って角栄の部屋に入る。
「と、突然何ですか!?」と角栄。
「いや、何となくカマしてやろうと思って・・・」
「山田様は『何となく』社長室のドアを破壊するんですか!?」
「テメーが社長とか。
偉くなったもんだな!」
「訳がわかりません!
『テメーが社長やれ!』って山田様が命令したんですよ!?」
「そうだっけ?」
「・・・最近わかってきました。
山田様の行動に理由なんてないんですね」
「無礼な事を言うな!」
俺と角栄のやり取りを不思議な顔をして山神さんが見ている。
「ん?
山神さん、どうしたの?」と俺。
「私、宗教に入信する気はないのよ」
「宗教?
ああ、ここは元教団施設だけど、今はただの芸能事務所だよ。
『居抜き』で使ってるんだ」と俺。
「『居抜き』って山田様が元教団施設を『芸能事務所だ』って決めたんじゃないですか。
元は教団施設兼、俺の家だったんですよ?」
「元がどうかは関係ない。
大事なのは『今がどうか』だ!」
「良い話風に話を終わらそうとしないで下さい!
・・・それで、今日は何の用事ですか?」
「新たな所属タレントを連れて来た」
「『所属タレント』?」
「そうだ。
彼女がウチのタレントになる『山神有末』さんだ。
芸名は『オリビア・ニュートンジョン』だ!」
「『山神有末』さんってあの『山神有末』さん!?
『日本体操界の至宝』って言われてる、あの!?」
「体操の方は怪我で引退する事になったんだ。
これからはダンサーとして生きて行く。
そのためにウチの芸能事務所に所属しておくんだよ」
「恩もあるし、これからの身の振り方も決まってないし、取り敢えずタレントになることは了承するし、どうせタレントやるからには全力で挑みたい。
今まで全てをかけて体操に取り組んできた。
その情熱を芸能活動に向けよう、と・・・」
「大体の話は理解しました。
でも疑問があります。
『何故、ウチなのか?』と言う点です。
正直、山神さん程のネームバリューがあれば、引く手あまたでしょう?
わざわざ立ち上げられたばかりの芸能事務所に所属を希望する理由がわかりません」と角栄。
「私、芸能人としてそんなに価値があるんですか?」
「気づいてなかったんですか?
山神さんはその美貌で今まで、グラビアの依頼とかありましたよね?」
「あぁ、確かにありました。
でも依頼は全て断ってました。
『体操に集中したいから』って。
体操をやめて初めて芸能活動をやって見よう、という気になりました。
でもその切欠は杏奈の誘いなんです。
私は杏奈に誘われて『芸能人になってみよう』と思いました」
「なるほど。
でも良いんですか?
『オリビア・ニュートンジョン』なんて名前で。
名前自体、全パクりですよ?」
「あ、それですけど『芸名』の話もさっき聞いたところです」
「そりゃそうだよ。
あの場で思い付いたんだから。
『芸能人なら芸名なのらなきゃ』って」と俺。
「わかりました。
山神さんは本名で芸能人デビューしましょう。
芸名は名乗らない方向で」
「テメー、角栄の分際で俺の決定を覆すのか!?」と俺。
「この芸能事務所のパワーバランスはどうなってるの!?
なんで社長がマネージャーを『様』付けで呼んでいるの!?
そもそも何で杏奈は『山田様』って呼ばれているの!?」
「そんなのはどうでも良いんだよ。
それより山神さんも社長の事は『角栄』って呼べば良いよ」
「呼べないよ!?」
「では、山神有末さんを芸能事務所『ラグナログ』所属という事にします。
山神さんこれからよろしくお願いいたします。
話は以上ですか?」
「いや、山神さんは『体育科』から『芸能科』に転科する。
それには芸能事務所の所属証明書が必要なんだよ」
「わかりました。
すぐに必要書類を揃えます。
それでは・・・」
「テメー、何勝手に話を終わらそうとしてるんだよ?」
「いや、すぐに書類作成にかかろうか、と」
「俺が『話は終わりだ』って言ってないんだから最後まで聞け!
今回、芸能人としてウチに所属しようとしているのは山神さんだけじゃないんだよ。
もう一人、芸能人として所属しようとしている超大物がいるんだよ」
「どこにいるんですか?
今は連れて来ていないんですか?」
「目の前にいるだろうが!」
「『正直者にしか見えない』みたいな話ですか?」
「そんな訳ねーだろうが!
もう一人って言うのは俺だよ!」
「山田様が芸能人?
どういった風の吹き回しですか?
以前に私が誘った時には『芸能活動なんか絶対にしない。ガラじゃない』と言ってたじゃないですか」
「その想いは今も変わってねーぞ。
芸能活動なんか死んでもしない。
でも事務所のタレント登録だけはする」
「な、何で?」
「芸能事務所に所属してないと『普通科』から『芸能科』に転科出来ないんだよ。
俺が聖華の普通科になんて通える頭がある訳なかったんだ。
だから『バカでも通える芸能科』に転科したいんだよ。
所属しておくだけで良い。
芸能科にいる『タレントの卵』だって、『卵』ってだけで、芸能活動してないボンクラがいくらでもいるみたいだ。
俺も『デビュー前』って言い張って三年間『芸能科』に居座る。
わかったら俺の分の転科の書類も急いで作れ!」
こうして俺と山神さんは数日後、『芸能科』に転科する。




