三話
俺は目を醒ます。
「おや、目が醒めたのかい?」
年齢的には二十歳そこそこといったところだろうか?
しかし格好は童話集に出てくる魔法使いのお婆さんのようだ。
言葉は日本語じゃない。
どうやら『世界旅行』には『言語理解』のスキルがパックでついているようだ。
うん、結構便利だ。
このスキルがあれば通訳として食いっぱぐれないじゃん。
まあ身体が動かせれば、の話だけど。
身体どころか口も動かせないんじゃ通訳になんてなれるはずがない。
というか身体中にチューブを繋がれて何とか生きて来た俺がどこかへ飛ばされて、身体中まで繋がれていたチューブはどこにもない。
栄養も点滴でチューブからもらっていて食事なんてこの身体に入ってからした事がない。
絶対絶命だ。
「あんた、森の中で倒れてたんだよ。
何か覚えてるかい?」
俺は弱々しく首を振る。
「そうかい。
あんたは怪鳥か何かが空から落としたのかも知れないね。
それで森の木の枝に引っ掛かって奇跡的に命が助かった、と。
でも見たところ身体が動かせないみたいだね。
落下のショックで頭と身体の色んなところがイカれたんじゃないかな?」
女はあっけらかんとショッキングな事を言う。
「そんな絶望的な顔をするんじゃないよ!
私が何とかしてあげるから!」
どうにか出来るんだろうか?
「私は『薬師』。
魔法万能の世界になってから医学に薬がつかわれなくなって用済みになっただけならまだ良いけど、『暗殺のための毒薬を作っている』なんて濡れ衣を着せられてお尋ねモノになって森の中に隠れ住んでいる。
魔法薬みたいに安くは作れないけど、ここにはかつて小匙一杯で山のような黄金と交換された『万能薬』が沢山ある!
アンタの身体の損傷くらいたちどころに治してみせるよ!」
女が俺の頭を抱えて、木の容器に入れたピンク色の液体を流し込む。
不思議な味だ。
苦くはない。
辛くもない。
何と言えば良いんだろうか?
刺激が強い。
不味くはないが、苦手な味だ。
「フフフ、我慢して飲みな。
飲まないと良くならないよ?」
そう言えば腕から点滴と、鼻からチューブで栄養剤を胃に流し込んでいたから、口からモノを喉に流し込むのはこの身体になってから初めてだ。
しばらくすると身体の神経が蘇ってきたのがわかる。
自分では気付かなかったが身体の大半の感覚が働いていなかったのだ。
身体全体が動く。
動くがそれだけだ。
立って歩く筋力はない。
ただ喋れるようだ。
「ありがとう。
おかげで助かった」
俺の声はこんな声だったんだ。
「どうせ捕まれば火炙りの刑にされる。
死ぬ前に誰かの役に立てば、地獄の門番の心証も良いだろうさ」
「そんな・・・。
どうにかならないのか?」
「ならないね。
私は濡れ衣を着せられて国王を毒殺した事にされてる。
どれだけ温情があっても極刑は免れないよ。
まあ、アンタには関係ない事さ。
それより早く起き上がれるようになって、この森から逃げなよ?
私とグルだと思われたらアンタも濡れ衣着せられちまう。
『筋力向上』の薬があれば3日で立ち上がり、一週間で掴まり歩きが出来るようになるはずさ」
「わかった。
好意に甘えさせてもらう。
何にも返せないが・・・」
「言っただろう?
今世で物を得る事は無意味なのさ。
アンタの治療も私の自己満足だよ」
女の言う通りだった。
俺は10日で辿々しいながらも歩く事が出来た。
そして女の作る『薬膳料理』は正直、味はイマイチだったが、滋養は満点だった。
女の名前はベガと言った。
『この世界で毒婦ベガを知らない者はいない』との事だが、俺にはにわかには信じられなかった。
ベガのおかげで俺は命を繋いでいる。
ベガにはある程度本当の事を話した。
俺が別の世界から来た事。
俺の認識じゃ俺は男である事。
俺には名前がない、あったとしてもわからない事。
俺が元々いた世界では魔法が未発達な事。
『万能薬』のような薬が元いた世界で作れれば、巨万の富を築ける事。
「良いなあ。
その世界なら私はお尋ねモノじゃないだけじゃなくて、大金持ちになれるんだよね。
行きたいなあ!」
「・・・本当に行きたい?」
「行けるんであれば。
行けるの?」
「俺のスキルは『世界旅行』。
旅行は普通、行く事も出来れば帰る事も出来る。
俺は強く『旅行に行きたい!』と念じる事で、ここへ来た。
『帰りたい!』と強く念じたらおそらく元の世界へ帰れる」