嫌われ者のチャンピオン
ジャック・デンプシーは嫌われ者のチャンピオンでした。
闘争本能をむき出しにして、相手が気を失うまで叩きのめすというファイトスタイルがあまりに残虐すぎるとして、人々に忌み嫌われていたのです。
彼は7年間も世界ヘビー級王者だったのに、一度も暖く迎えられた事がありませんでした。
そんな無敵ながら孤独なデンプシーに対して、一人の男が挑戦状を叩きつけます。
挑戦者の名はジーン・タニー。
ジャブやカウンターを駆使する、後に近代ボクシングの先駆けとなったボクサーでした。
11万人という史上空前の観客数を動員して、試合が始まりました。
試合は終始、タニーのジャブとカウンターが次々とデンプシーの顔を捉え、10ラウンド戦い抜いた結果、判定で新王者誕生となり、デンプシーは7年間守り続けた王者の地位を失います。
ところが、敗れたデンプシーに意外な出来事が起こります。
リングを去ろうとするデンプシーに対して、拍手と共に「デンプシー、デンプシー」という歓声が巻き起こったのです。
それは、始めはまばらだったのが、次第に会場中に伝染していき、遂には11万人の観客全員の熱狂的な大歓声となってデンプシーに贈られました。
打たれても、打たれても、なお前進を続けるデンプシーの勇敢な戦い振りに会場中の人達が心を打たれていたのでした。
敗れはしたものの、デンプシーは生涯最高の名声を手にしたのです。
「あの拍手が忘れられない。観客達の期待に応えなければ」
思いがけない観客の声援に感動したデンプシーは、タニーへの雪辱を誓います。
既に30歳を過ぎていたデンプシーでしたが、過酷な挑戦者決定戦に参加し、若い強豪を相手に死闘を繰り広げ、遂にタニーへの挑戦権を得ます。
そして、デンプシーがタニーに敗れた日から丁度一年後、両雄は再び干戈を交える事になりました。
今回も、10万人という超観衆が見守る中、試合のゴングが鳴ります。
試合は、前回と同じように、前進を繰り返すデンプシーにタニーがジャブやカウンターで迎え撃つという形で進んでいきました。
デンプシーは思うようにタニーに近付けず、ダメージを蓄積していきました。
それは、第7ラウンドの事でした。
やや打ち疲れを見せたタニーに対して、デンプシーは決死の前進を試みます。
タニーのジャブを掻い潜って、渾身の左右のフックを叩きつけると、堪らずタニーはダウン。
ダメージは深刻でした。
しかし、ダウンを与えた者は、ニュートラルコーナーで待機しなければならないという新ルールをデンプシーが飲み込めず、デンプシーをなだめるのに手間取ったレフェリーのカウントが遅れ、タニーは14秒間も休む事ができたのです。
この有名な「ロングカウント事件」により、デンプシーは最後のチャンスを逃したのでした。
結局、次のラウンドでお返しのダウンを奪ったタニーの判定勝ちで、王座防衛となりました。
デンプシーは観客の期待に応えられなかったとして、潔く引退します。
しかし、本来勝っていたはずの悲運のボクサーとして、デンプシーの名声はますます高まり、「大統領の名は知らずとも、デンプシーの名を知らぬ者はない」とまで言わしめました。
拳聖ジャック・デンプシー。
その名は、ベーブ・ルースやアル・カポネと共に、アメリカ激動の1920年代の主役の一人として、世界史上に今も色褪せる事無く刻み込まれています。