只今、勇者参上!!
「…みんな仲良く死んじゃいなさい!!」
俺が接近する間に事態は悪化していた。クロエが倒れ、エドワードも負傷している。間に合ってくれ!俺は後先考えず全力で走った。
「じっくり、いたぶってあげる!」
デーモンは腕を振り上げる。コレをなんとか防ぐんだ。
(ガギィィッ!!)
剣で爪を受け止めた。間に合った!
「勇者殿!」
「遅くなってゴメンよ。……只今、勇者参上!!」
「えっ!?勇者様?」
デーモンが驚いている。そして……その声は紛れもなく、エルちゃんのものだった。信じたくはないけど、間違いなかった。
「あら!勇者様?あの変態術士はどうしたの?」
「あいつは……今の君を見て発狂してたよ。ていうか、そんなことはどうでもいいんだ。君はほんとうにエルちゃんなのか?」
見れば見るほど、恐ろしい外見をしていた。彼女らしい部分は顔と声ぐらいしか残っていない。顔も牙や角が生え、鬼のような形相だ。
「勇者様ったらひどい!姿は変わっても、私は私なんですよ!」
やっぱり、本人なのは間違いなさそうだ。とはいえ性格が変わってしまっている。話していたときの感じだと、この子はハッキリと物を言うタイプじゃなかったはずだ。
「あなたも騎士さんたちと同じで私を倒しちゃうつもりなんでしょ?」
騎士さんたちと同じ?エドワードたちのことか。俺は最初からエルちゃんを助けるつもりでいた。でも、今の彼女の姿を見てショックを受けている。デーモン化したことから目を背けようともしていた。
「なんでさっきから黙ってるの?何か言ってよ!」
俺は一体、どうしたいんだ?こんな状態になった彼女を救えるのか?方法はあるのか?
「どうせ、頭の中で私をどう殺すか考えてるんでしょ!」
彼女は攻撃してきた。さっきと同じで腕を振り上げてきた。
(ギィィィンッ!!)
俺の体はごく自然に反応して攻撃を受け流して、よけた。とんでもなく速くて強いが、動きが明らかに戦い慣れしていない。素人の動きだ。
「ほら、やっぱり!戦う気、満々じゃない!」
この子はやっぱり戦い…というか、少なくとも格闘戦には向いていないはずだ。そんな子を……戦わせるわけにはいかない!
「どんどん行くよ!泣いて謝ったって、やめないからね!」
今度は矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてきた。右から左から。凄い速さと力強さだ。一回でも当たったら死んでしまうかもしれない。でも、動き自体は単調だ。
「一0八計が一つ!峨龍滅睛!」
大ぶりな攻撃を跳躍してかわし、背後に回りつつ相手の翼を斬りつける。
「きゃあああ!痛いっ!」
彼女は悲鳴を上げる。それを聞いただけでも、胸が締め付けられる思いだった。
「痛いじゃない!やっぱり、殺すんでしょ!そうなんでしょ!」
彼女の体を傷つけるのには抵抗があった。そのため、なるべく元の体にはなかった部分を攻撃したつもりだが、予想以上に痛がられてしまった。これじゃ、まともに手が出せない。
「もう、ゆるさないから!同じくらい痛い目にあわせてやるんだから!」
彼女は更なる攻撃を仕掛けてきた。一回、二回というところで、急に攻撃が止まった。
(ブワァァァッ!)
いきなり彼女の口から黒い霧のようなものが吐き出された。これはさすがに予想外だった。俺はとっさに顔を腕で覆ったが、あまり効果がなかった。体に痺れが走った。毒か何かか?
「こういうのは防げないでしょ?さすがに勇者さまでも毒には勝てないよね!」
そのとき、体に強い衝撃が伝わってきた。両手で掴まれた!
「つかまえた!もう、これで逃げられないでしょ!」
しまった!これじゃ抜け出せない。締め付ける力は想像以上に強く、しかも、さっきの毒霧で体が痺れてまともに力が入らない!
「もう、おしまいね。これから……ゆっくりゆっくり……優しく絞め殺してあげるね!」
打つ手はないのか。でも、どうせ死ぬなら、最後に彼女に聞いておきたいことがある。
「なあ、エルちゃん。……君はこのままでもいいのか?」
「何?命乞い?今さら何言ってるの?」
「このまま魔王になってしまってもいいのか?」
体を締め付ける強さが止まった。でも、容易に抜け出せるほどじゃない。
「だって、そうするしかないじゃない!もう、戻れないよ!だったら魔王になって、世界なんか滅ぼしちゃうしかないよ!」
「君はそんな子じゃない。そんなことをしちゃいけない。」
「何よ!きれい事なんか言っちゃって!そんなこと言っても何も変わらないよ!」
「はっきり言って、君には向いてないよ。戦いに向いてないのは見ていてもわかる。」
「向いてなくても、これから人を殺しまくって練習すればいいだけよ!」
「無理だね。君には無理だよ。君は優しすぎるんだ。」
「何寝言言ってんの!」
さっきまで止まっていた締め付けを再開し始めた。さらに力を込めている。
「だって、ここに隠れていたときもそうじゃないか。……隠れながら人に近付かないように、ひっそり隠れてたじゃないか。」
「それが何だって言うの!」
「君は人に感染させないようにするために、そうしてたんじゃないのか?人のことを気にしてないなら、人のいる町にでも行ってたはずだ。」
「……!?」
「優しいから、そういう風にしてたんじゃないのかな?俺には…そう思えたよ。」
俺は彼女の顔をじっと見つめていた。その目には涙が浮かんでいた。やっぱり心から魔王になりたいわけじゃないんだな。
「君を必ず人間に戻してみせるさ。絶対に助けてみせるさ!」
「そんなの絶対、無理!!」
締め付ける力が一層強まる。なんとか、脱出しないと!
(バシュッッッ!!!)
そのとき、一筋の閃光がエルちゃんの腕を貫いた。
「うぎゃあああっ!!」
絶叫に近い悲鳴が上がった。それと同時両手の力が弱まった。チャンスだ!抜け出すのは今しかない!
「ロアよ、遅くなってすまぬ!魔王よ、これ以上はお前の思い通りにはさせん!」
サヨちゃんがいた!人差し指をこちらに向けて立っている。さっきのはサヨちゃんの魔法だったのか!
「ありがとうよ!サヨちゃん!これならなんとかなりそうだぜ!」
今、俺の中では最善の策が浮かびつつあった。エルちゃん、絶対に助けてやるからな!