第275話 復讐は憎しみ深く
「……ん。ここは?」
目が覚めた。ここはどこ? 気を失う前に何をしていたのかさえ、思い出せない。周囲を見渡すといくつかベッドが設置されている。その内の一つに自分は寝かされていたのだ。見てみれば、他にもベッドに寝かされている人がいる。シーツによって完全に体を覆われているので、どんな人なのかわからない。誰なのか確かめてみよう。
「……!?」
シーツを剥がすと、筋肉質の大柄な男だった。この男には見覚えがある! あのニセ勇者と一緒にいた不躾なゴリラ男! 何故、ここに? 見てみると、心臓の位置に大穴が空いていた!し、死んでいる!
「気が付いたか、ヘイゼルよ。」
いきなり男性の声がしたかと思うと、全身金属鎧に身を包んだ大男が部屋に入ってきていた。誰……? でも、この声には聞き覚えがある。誰だったかしら?
「貴方は何者ですの?」
「おお、そうであった。この姿を見せるのは初めてだったな。私はタルカスだ。お前の義手に力を与えた者だ。」
「え? え、え!? 貴方がタルカスおじさま!?」
鎧の人物はタルカスと名乗っている。確かに声は同じだけど、前会ったときと姿が違う! 前は高年紳士の魔術師だったのに、今は鎧の大男。とても同一人物とは思えないほど様変わりしている。
「ほ、本当にタルカスおじさまなのですか? この前とはあまりにも姿が違います! ま、まさか……。」
「……信じられないかね? まずは私が正体を偽っていた事を謝ろう。私はこの前の様な魔術師ではない。」
「ち、違っていたのですね!」
思わず声が上ずってしまった。そして、後ずさりをしてしまっている。動揺を悟られたくないのに、本能的にそうしてしまうのを止められない。悟られたら何をされるのかわからないのに……。
「かといって、今の姿のような武人でもない。」
「……!? それはどういう意味ですか……?」
「それは私の正体がゴーレムだからだ。あらゆるボディを操ることが出来るのだよ。」
「え……!?」
それを聞いた途端、ビクンと身を震わせてしまった。最初に姿を見たときから少しは疑っていたのかもしれない。おじさまが得体の知れない人ではない者のではと。知ってしまったからには、そこの大男のように……殺されてしまうのではないかと……。
「怖いかね? 私が?」
「い、いえ、そんなことは……。」
隠そうとしても隠せなかった。震えが止まらない。体に力が入らず、口元がカチカチ鳴るのを止められない。
「私はお前を殺そうなどとは思っていない。安心するのだ。それに……あの男は死んではおらぬ。あの状態でも生きておるのだ。今はいわゆる仮死状態となっておるのだ。」
「え、ええ!?」
殺されることを恐れている。それを見透かされていたようだ。あの男が死んでいることを恐れ、自分も同じ目にあわされることを連想したことまで。全て手の平の中で踊らされているような感覚だった。
「此奴は私と同じ人造生物。タイプは違うがね。此奴は限りなく人間に姿形が酷似している。古代に存在していたとされる、ホムンクルスと呼ばれる存在だ。」
「ホ、ホムンクルス……?」
呼称は初めて聞いたけど、かつて魔王が人に似た生き物を作ったという伝説を本で読んだことがある。それが実在していた? 本当かどうかは知らないけど、おじさまが嘘をついているようには思えない。本当のことを言っている気がする。
「“ゴーレム墓場の悲劇”という話を知っているかね?」
「知っています。魔王戦役時代のおとぎ話として聞いたことがあります。」
「私はその出来事の当事者、生き残りなのだよ。」
「生き残り……?」
あのおとぎ話が本当にあった事なんて、普通に考えたら信じられなかったかもしれない。でも、この人の言っていることは嘘ではないと思えてくる。不思議だった。つい先程まで殺されるかもしれないと思っていたのに。
「あの事件は身勝手な人間によって引き起こされた悲劇だ。道具の様にこき使われ、不要となれば捨てられる。誰に作られたのかは知らぬが此奴も我らと同じよ。道具と見られている故に酷使される運命にあるのだ。そんなことが許されるのか?」
「ま、間違っていると思います!」
私もその利用する側の人間。とはいえここはおじさまに合わせておかないと、殺されるかもしれないと思ったから。ただ、それだけの防衛行動。これも見透かされているかもしれない。
「だからこそ、私は人間を滅ぼすつもりでいる。我々、ゴーレムは人間よりも優れていることを示すために!」
「は、はい!」
「だが、お前は対象外だ。それが何故だかわかるかな?」
「え……?」
私は対象ではない? それは何故? 理由を考えても何も浮かんでこない。答えられないまま沈黙が続く。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようどうしよう、どうし……、
「それはお前が私と似ているからだ。お前は特定の人間をとても憎んでいるのだろう? そこを気に入ったのだ。身内とはいえ“あの女”が殺したくてたまらないのだろう?」
「ええ、殺したいです! 何回でも! あの女の仲間も一緒に殺してやりたいのです! メチャクチャにしてやりたい!」
「そうだろう! そうだろう! 滅ぼしてやろう、我らの手で!」
そうかおじさまも同じなんだ。憎くてたまらないんだ! 対象の範囲は違うけど、同じ感情を持っているんだ! 安心した。私は間違ってない!
「お前に力を貸そう。その代わり、お前も私に力を貸せ! そうすればお前の望みは叶えられるだろう!」
ふと思い出した事がある。それはある貧しい少女の話だった。その少女は貧しく恵まれていなかったが、彼女のために影ながら支援してくれる男性がいたという話を。私もその子と同じだ。おじさまはその物語に出てくる支援してくれる男性と同じ。私を支援してくれる存在なのだと、私は確信した!




