第268話 脳裏によぎる戦いの歴史と白い幻影
「ジムーっ!!」
黒光りの兵士型ゴーレムに大穴を開けられ、吹き飛ばされたジムに急いで駆け寄る。抱き起こすと力ない声で俺に話しかけてきた。
「だ、ダメです。僕を気にしていては……。早く逃げないと、みんな死んでしまいます……。」
「バカ言うな! お前を放ったままに出来るかよ!」
「このまま僕は死ぬと思います。心臓に当たる部分を破壊されましたから……。」
ジムはもう手遅れなんだろうか? いや、そうとは思えない。同じゴーレムの体を持つローレッタが頭の部分だけで生きているのを、ついさっき見た所だ。多分死ぬはずはない。多分!
「待ってろ、あんなヤツら、俺が蹴散らしてきてやる!」
ジムの体を横たえ、怒りの矛先をタルカス達へと向けた。確かに強敵かもしれないが、俺が全部倒してしまえばいいんだ!
「裏切り者は即座に処刑する! そして敵対者には惨たらしい死を与える! それが私の考える理想世界の創造に直結するのだ!」
「何が理想世界だ! そんな血生臭い方法で理想なんて語るなよ!」
「良く言う。貴様ら人間が繰り返してきた歴史は常にそうではないか! 常に武力によって歴史は作られてきた。例外などあるまい? 人間の抹殺を以て戦の終止符とするのだ! 血生臭い貴様ら人間には相応しかろう!」
確かにそうなのかもしれない。俺の祖国でも、常に戦争によって物事は平定されてきた。でも“解決”には至っていない。それに反する者は駆逐され、物言えぬ死者となり、意見する権利を奪われただけに過ぎない。勝者達は歴史を作ってきたかもしれないが、それ以上の敗者達の屍によって積み上げられてきたものだ。戦災孤児の俺も同じ……。
「ロア! どうしたの! 何か変よ? 人が変わったみたいになってた。」
「……え!?」
気が付いたときには傍らにエルがいた。我を失っていた俺を目覚めさせてくれたらしい。ジムを傷付けられ怒りに我を忘れたあたりから、無意識に俺の中にあるはずのない記憶が、頭の中を駆け巡った。これは額冠の記憶? その映像の端には白く輝く姿の影がちらついていたような気がする。あれは、あの人はあの時の……、
「人間とは不安定なものよな。感情如きに左右される。我々ゴーレムも知性を得た時点で感情も有することになったが、適宜遮断も出来る。そういう意味でも我らは上位の生命体なのだ!」
「憎しみだけは常にあふれ出している様な気がするけど?」
「黙れ! これは人間共を駆逐するための戦意高揚のために敢えて抱いている感情なのだ! 行け、ウォリアー・ワン! 勇者を駆逐せよ!」
タルカスの号令で黒光りの兵士達、四体全て襲いかかってきた。この数は流石に剣を抜かないと対処できない。エルが傍らにいたとしてもだ。
「……!」
「くっ!?」
恐ろしいスピードで攻撃を繰り出してくる。素手とはいえ、喰らったらタダでは済まないだろう。格闘のプロ、ジェイと戦っても互角以上にやり合えるんじゃないかというくらいだ。
「……!?」
「喰らえ、峨龍滅睛!!」
相手のパンチを踏み台にして跳躍し、脳天に一撃を振り下ろす! 相手がゴーレムだろうとこれを喰らったらひとたまりもないはず!
(ヴォン!!)
当たるか当たらないか、というところで妙な重低音と共に黒い雲の様なものが相手の頭部を覆い隠した。剣がそれに触れ、何も感触がなく、そのまますり抜け、攻撃が逸れてしまった。
「な、なんだこりゃ!?」
「おかしいよ、このゴーレム! 攻撃を当てようとしても当たらない!」
俺だけじゃなくて、エルも同様に奇妙な現象を目の当たりにしている様だった。コイツらには謎の防御機構が備えられているのか? タルカスが切り札と言うくらいなのだから、何か秘密があるに違いなかった。
「フハハ! 貴様らの攻撃は当たらない。何をしようと無駄だ! この場はこれくらいにしておいてやろう。戻ってこい、ウォリアー・ワン!」
タルカスは戦闘中止の号令を出した。兵士達は瞬時に交戦を取りやめ、タルカスの前に集結した。
「どういうつもりだ? まだ始まったばかりだぜ?」
「フフ、今回はここまでにしておいてやる。まだ、これは第一段階に過ぎぬからな。本格的な駆逐作戦はこれから始まるのだ。その前に一日の猶予をやろう。こちらも更なる戦力を集結させる必要があるのでな! 次、会うときは私の本体直々に相手をしてやろう! 楽しみにしておくがよい!」
「待って! ヘイゼルの身柄を解放しなさい!その子はあなたの計画には関係ないはず!」
ヘイゼルは相変わらず、タルカスに乗っ取られたままだった。彼女もヤツの敵、人間だ。そのまま連れ去るメリットはないはずだが?
「この娘か? 一応、人質とさせてもらおう。貴様らの縁者と見えるしな。それに、この娘の憎しみの感情には私と似たようなものを感じるのだ。このまま利用させてもらう!」
その言葉を言い残し、タルカス達は転移魔法でこの場から姿を消した。完全に逃走されてしまった。今はなんとか凌いだが、あのウォリアなんとかというヤツの対策を考えないとな。最強の矛を持ち、無敵の盾を持つ不気味な兵士。なんだか、久々にイヤな冷や汗が出てきたぜ……。




