第146話 上からも下からも……。
「じゃあ、行ってくるでヤンス!」
「おう! 行ってこい!」
とうとう決闘が始まる。まずはタニシから。別にこちらが決めたわけではない。向こう側の指定だったのだ。タニシ、ゲイリー、俺の順番で行われる。順番すら決める権利もないとか……。どれだけ自分勝手な決闘なのだろうか? 相対的にこの前のラヴァンがまともだと思えてくるレベルだ。
「ついに始まる決闘ファースト・ステージの処刑対象は悪逆エロ・コボルトのタニシ・オガワです! 情報によるとセクハラ、のぞき、痴漢などの常習犯だそうです!」
紹介と共に場内にブーイングが巻き起こる。しかもファースト・ステージとか言ってるし、完全にショーみたいになっている。戦いの前から公開処刑が始まっているようなものだ。なんかものすごく話が盛られている気がするんだけど? 確かにエロの常習犯ではあるが、どこから仕入れた情報なのか? その情報源が気になるところだ。
「さて、ベルムトさん側にもご登場願いましょう。どうぞ!」
妙に強い殺気を感じる。これがあの女魔術師に出せるようなものなのだろうか? さっきまではタニシの匂いでわからなかったが、少し獣臭さを感じるな。
「ガウ、グルルッ!!!」
「しょぎゃわっ!? お、おそろしっこ!」
向こう側から出てきたのは二つの首を持つ獣だった。格好はライオンみたいだが、山羊の頭も付いている。おまけに尻尾が蛇だ。これはたしかキマイラとかいう怪物だったはず!
「こんなのありかよ! 決闘ってレベルじゃねえよ!」
文句を言ったと同時に怪物の後ろから相手のディアナが出てきた。上機嫌な様子で俺らを罠にはめているというのに全く悪びれる様子が見られなかった。
「よく言うわ! そんなことを言ったらあーた達は三人じゃない? こっちにはこれぐらいの権利はあるわ。」
まわりも完全にコレを許容するつもりのようだ。それどころか、更に盛り上がってさえいる。
「これはただの決闘ではないわ。フリアンの仇討ちでもあるのよ。あたくしだけではなく、このギュスターヴも仲間を殺されて怒り心頭なのですわ!」
「グルル!」
主人の声に応え、低くうなり声を上げている。それを見たタニシは完全に縮み上がっている。それになんか……ズボンが濡れている……。そりゃそうなるわな。かわいそうに。
「それでは決闘ファースト・ステージ、開始します! レディー・ゴー!!」
「タニシー、逃げるか、降参をしろ! むしろボイコットしていいぞ!」
「しゃわわ、しょわわわっ!?」
ダメだ体が硬直して舌が回っていない! しかも足元に水たまりが広がる一方だ! どうすりゃいいんだ?
「あーたはこの決闘の賞品でもあるから、猫撫で程度で許してあげてもよくってよ! ギュスターヴ、ちょいと遊んでおあげなさい。じゃれる程度にね!」
キマイラはこのままタニシへ飛びかかるのかと思いきや、身構えるポーズをして低く唸った。山羊の頭が口を開け、その奥には赤い光を覗かせている。まさか……!
「メゲェッ!!」
山羊の口から火柱が吐き出された! 絶体絶命、タニシ焼死、という最悪の結末が脳裏に浮かんだ。だが辛くも炎はタニシの手前で寸止めされ、そのまま消えた。
「おおーっと! ギュスターヴ! 炎ブレスを寸止めする高等テクニックを披露! これは中々出来ることではありません! ベルムトさんの調教による賜物だと思われます! 皆さん、拍手を!!」
会場から拍手喝采が起きる。なんだよそれ! 寸芸披露しただけで拍手って何? これは決闘であって、雑技団の猛獣じゃないんだからな! 完全にショーと化している。異議ありまくりだよ!
「しぇ、しぇぶんしゅたー、りう゛ぉぁーす!! ……ゲロゲロゲロ。」
何かわからんがセブンスター・リバース?とか言いながら、タニシはゲロを吐いた。恐怖が限界突破して気持ち悪くなった模様!
「おおーっと! タニシ・オガワ! 炎ブレスに対抗して、毒のブレスを吐き出したぁ!!」 会場に吹き荒れる大ブーイング! それブレスちゃうぞ。タダのゲロだーっ! 大変だ! 下からも上からも垂れ流す結果になってしまった!
「ギュスターヴ、止めを刺してお上げなさい!」
「グルルッ!」
キマイラはタニシのところまで俊敏に接近し、前足で軽く撫でるようにタニシをはたいた。爪ではなく肉球で殴るような感じだ。コレはライオンのボディがあるからこそ出来る技だ。剣の峰打ちみたいなモンだろう。当然タニシはあっけなく撥ね飛ばされ、倒れた。完全に失神している。
「おっほっほ! 小汚いコボルトですこと! まあ、なりは悪くないから、あたくしが調教して小綺麗にしてあげますわ!」
勝ち誇ったようにディアナはこれでもかと高笑いした。もうなんか、俺ら全員に勝ったつもりでいるようだ。もう許さん。俺の弟分に恥をかかせた礼をさせてもらうからな!




