第144話 あくまで芸人ということになってるんで
「どうだ? これだけの情報を聞いたら怖くなってきたんじゃねえか?」
「はは……。た、多少は。」
「それにしては、落ち着いてるじゃねえか。お前が思ってる以上にえげつないマネをしてくるぞ、ヤツは。」
対策はあるのでそこまでビビってはいない。ぶっつけ本番なので多少の不安がある、というのが本音だ。それを嘘偽りなく、態度に出したつもりだが、相手からしたら落ち着いているように見えるようだ。
「それにしてもさぁ、アンタ、なんで俺にそういう情報を教えてくれるんだ? 最初はいがみ合ってたのに?」
「フン、敵の敵は味方ってことさ。」
「だったら俺は敵じゃねえかよ!」
「ちげーよ。あっちの方がよりムカツク相手ってことさ。俺は学院内でふんぞり返っている名家の連中が嫌いなんだよ。」
なるほどここで幅を利かしている連中が嫌いなのか。やはり最下級なクラスにいるから権力を持ったヤツらが嫌いなのかもしれない。それとも何かしらの恨みを持っている可能性はありそう。
「それにお前の落ち着きっぷりを見てると、何か秘策でも考えてんじゃないかって思えてきたわけだ。」
「へえ、そうなのかよ。」
うーむ、ちょっと勘がいいかもしれんな、コイツ。下手に嘘ついても見抜いてくるタイプのようだ。いや……魔術師全般がそうかもしれない。基本、頭脳職だしな。すっかり忘れてたわ。
「どうしても勝ちたいっていうなら、俺が手を貸してやらんでもない。」
「え……?」
手を貸すだと! 情報だけでなく、そんなことまでやるつもりなのか? とはいえ、そんな提案を受けるつもりはない。コッチは最初からトレ坊先生が付いているし。かといって断るのも難しい。断ると今後の関係が悪化するかもしれんし。
「いや、ちょっと遠慮しとく。会ったばかりのヤツにそこまでしてもらうのは悪いし。」
「オイオイ! 正気か、アンタ! 決闘の見た目が正々堂々としてるのはあくまで上っ面だけなんだぜ? 裏で何十もの策を画策するのが魔術師の決闘なんだ! それをやらねえのは愚の骨頂、丸腰で戦場に行くようなモンだ!」
うん、わかってるけど、本当のことは言えない。困ったな。ここまで肩入れしようとしてくるとは思わなかった。でも、逆にそこまでしてくるって事は決闘の経験がある? 加えて負けた経験、相手の罠にはめられて散々な目にあった、とかがあるのかもしれない。
「それでも立ち向かうのが俺だ。おれはゆ……じゃなかった。俺の信条は“来た技全部跳ね返す”なんだよ。」
「なんだそれは! そんなの魔術師じゃねえよ! それじゃあまるで……、」
「うん、ああ、コメディアンだ! 芸人ってのは体を張ってナンボなんだぜ。」
まるで、の後に続く言葉が何なのかは大体わかった。それを言われるワケにはいかない。ここでは俺は武術家を名乗れない。武術を禁止されているから。あくまで芸人として振る舞わなけりゃいけない。
「何がコメディアンだ! 出任せ言いやがって! 芸人如きに何が出来るって言うんだ!」
「いやいや、芸人だからこそだろ。ある意味、ここの決闘ってショーなんだろ? だったら盛り上げないとな!」
「ふざけやがって!」
「その、ふざけるのが仕事だから!」
話の最中はある程度フレンドリーに振る舞っていたトニヤは今、その姿勢を完全に崩していた。朝の授業前の敵対関係まで一気に戻った。その方がいいかもしれない。朝の口論の決着は付いていないので、この方が続きをやりやすいだろう。コイツとはお互い、本音をぶつけ合った方が互いの事を理解できるかもしれないから。
「フン! お前なんか無様にやられちまえ! 負けて、この学院の恐ろしさを十分味わうんだな。その時は無様に泣き言を言いながら後悔しろ。」
「うん! そうさせてもらおうじゃないか!」
「アニキ! 負けたら退学になるヤンス! その時は色々、終わりになるヤンスよ!」
面白くなってきたじゃないか! これで勝ったときの楽しみが一つ増えてしまったじゃないか! 勝った暁にはコイツがどんな顔をするのかが楽しみだ。憶えておくがいい! はぐれ梁山泊極端派の恐ろしさを見せてやる。




