第99話 赤き十字の炎剣
「ムウ!? 一足遅かったか!」
ナビダッドを倒したあと、駆けつけたが時はすでに遅かった。ヴァボーサがロアの弟子に止めを刺している。彼の胴体を奴の剣が貫いていた。おまけに全身傷だらけで満身創痍だ。これを見て生きているという判断を下すのが難しい有様だった。
「そんな……ひどい。助けてあげられなかった!」
少し離れた所にグランデ嬢がいる。彼女は宙に浮いた刃と相対している。彼女も助太刀に入ったようではあるが、十字の炎剣の追従剣に行く手を阻まれたのだろう。あの武器は一度に複数の敵をも相手取れる、特殊な仕掛け武器だ。
ロッヒェンの父が振るっていたときは頼もしく感じたものだが、いざ敵の手に渡ってしまうと途端に脅威となる。本来は奪い取ったくらいで使いこなせる類いの武器ではないのだが、奴等の特殊能力がそれを可能にしてしまっている。正に悪夢だ。
「タフネスぶりもさすがに限度はあったか。残念だがこれで終わりのようだ。」
ヴァボーサが相手から剣を引き抜く。そして地面へ人形のように体を投げつける。彼はピクリとも動かない。絶命してしまったのかもしれない。
「多少は俺を楽しませてくれた事だけは褒めてやろう。」
ヴァボーサは再び剣に黒炎を纏わせて、同じ技を微動だにしない相手に対して振るおうとしていた。これ以上の暴挙を許すわけにはいかない。阻止せねば!
「それを讃えて、その体を火葬にしてやろうじゃないか!」
(ゴオッッ!!!)
剣が途中で止まっている。いや、赤い炎が剣の動きを遮っている。炎の芯には赤い刃。これは追従剣! 一体誰が? あの剣は一振りしかこの世に存在しないはず!
「我が家の宝剣でそのような暴挙をすることは許されない! 我が一族への冒涜と見なす!」
「ロッヒェン!?」
声のした方向を見ると、ロッヒェンがいた。しかも赤い大剣を手にしている。いつもの二振りの剣ではなかった。色は違うものの、ヴァボーサの持つ十字の炎剣と瓜二つだった。同型の剣がもう一振り存在してる話など聞いたことがない。
「遅れて申し訳ありません、師匠。あとは僕に任せて下さい。」
「ロッヒェン、貴様は出撃を許可されていなかったはずだ。どうしてここへ来たのだ? 命令違反だぞ。」
「自分の手で父上の仇を討ち、家宝を取り戻したかったんです! クルセイダーズから除籍されてしまうかもしれません。でも、後悔したくなかったんです!」
命令に背いたからにはただでは済まないだろう。本人の言うように除籍は免れない。しかし、成すべき事を成せぬまま、くすぶり続けるのも気の毒ではある。来てしまったものは仕方ない。こうなってしまったからには支持してやるほか無い。
「ロッヒェンのガキか? 仇討ちに来たって事だな。いい度胸だ。ご自慢の家宝で八つ裂きにしてやろう!」
「そんなことはさせない! この剣で打ち破り、取り戻してみせる!」
「そんな贋作な剣が本物に通用すると思ってやがるのか?」
敵であるヴァボーサも言うとおり、私も同様の懸念を持っている。あの剣は材質が希少であり、同様の剣を作れる職人も滅多にいない。形だけ真似ただけでは本物には遠く及ばないのだ。
あの赤い剣はどのようにして用意したのかはわからない。しかし一方で追従剣を使用できてもいる。ただのでっち上げ如きでは再現できるものではない。あの剣もそれなりの強さを持っていることは推測できるが……。
「これは贋作なんかじゃない。これは剣の巫女の加護を受けた、僕専用の赤き十字の炎剣だ! その点で武器は互角以上だ。お前なんかには負けはしない!」
剣の巫女? ロアと共にいるあの少女の力を借りたというのだろうか? だが、勇者の剣以外に影響を及ぼせる話など聞いたことがない。だが、実際に剣は奴の手元にある。そこは嘘偽りではないことは確かだ。
「武器がどうとかはともかく、俺の腕が貴様のような小僧に劣ると思っているのか? 魔族を舐めるんじゃないぞ!」
二人の戦いが始まった。双方の追従剣も激しいぶつかり合いが起きている。現時点では双方の剣戟は肉薄しており、互角の戦いに見える。
「結構やるじゃないか。今のところはな! 何時までも持つかどうかが勝敗の分かれ目になるだろうぜ!」
ロッヒェンの意志も尊重してやりたいが、相手は魔王の片腕の魔神将だ。私でさえ勝てるかどうかわからない相手だ。もし、劣勢に陥るようであれば、加勢することも辞さない。しっかり戦況を見極めねばならんな。




