あとわずか
「これで九十本目。あと十本。貴様の命の刻限はあとわずかだ。」
ボロボロだ。全身何カ所怪我しているかわからなくなってきた。切り傷、打撲傷、靱帯の損傷、骨折。怪我の種類を全制覇したのではと思えるくらい、満身創痍の状態だ。でも、何故か、思ったほど痛みは感じられない。
「そろそろ、私も仕上げに入らねばなるまい。残りわずかだ。本格的に起き上がる気力を削ぐ所存だ。」
宗家は表面上、平静を保っている。でも、俺は疲労困憊な事に気付いていた。うっすらと額に汗が滲んでいるし、第一、宗家自身も怪我をしているから消耗している。エルから受けた傷をそのままにしていることに、この試合を通して見抜いた。宗家の技、挙動の違和感はそこに集約されている。ここまで長時間戦っていなかったら気付いていなかったかもしれない。処刑にこだわるあまり、宗家が犯した重大なミスと言えた。
「五覇奥義、離伯月影!」
宗家は多数の分身を作り出した。まだこんな余力があったのか?……いや、違う。宗家の性格からしてそれはあり得ない。この技はおそらく消耗が激しいのだろう。だから今まで使わなかったんだ。その証拠に顔つきがわずかに苦しげになっている。
「……なあ、今のうちに聞きたいことがあるんだけどさ……?」
「なんだ? この後に及んで何を聞くというのだ。」
「何故、怪我を治していない?」
何故、怪我を治さずにこの試合に臨んだのか? あれくらいなら回復魔法で直せるはず。大会運営側もそのままにしておくはずがない。意地っ張りで頑固な性格がそうさせたのかもしれない。俺に対してのハンデという線もあり得る。でも、それだけでは説明がつかない。百修百業を行うというのに、長引けば長引くほど不利になるような状態を自ら設けるなど、腑に落ちない。勝利至上主義を絶対視しているならあり得ないことだ。
「何の話だ?」
「誤魔化さないで答えてくれよ。俺は気付いてる。気付いてしまったんだ。アンタ、明らかに無理してる。アンタらしくない。その理由を教えてくれよ。」
「あの娘の行いを無駄な物にしたくなかっただけだ。体を張ってまで、命を賭けてまで私を止めようとした。私の実力には及ばぬというのに。私は才能ある者、実力ある者は誰であろうと評価する。その行いに関してもだ。」
「ホントにそれだけ?」
「……フン、良かろう。正直に話してやろう。冥土の土産にでもするがよい。……私はあの娘に惚れてしまったのだ。年甲斐もなくな。私がもう少し若ければ、妻として迎えておったであろうな。」
「ヒドいな。俺の彼女を奪い取るつもりだったのかよ……。」
「非道なのは貴様の方ではないか。あの娘は貴様には不釣り合いだ。貴様のような無能、無才能な輩に惚れてしまったのであれば、正してやるのが強者の役目だ。貴様は淘汰されて然るべきなのだ。それ故、貴様を処断するのだ!」
宗家の分身達が一斉に襲いかかってきた。俺は迎撃しようと剣を振るう。だがそれも虚しく、剣を持つ手を押さえられ、技を極められ、剣を取り落としてしまう。抵抗手段さえ奪われた。休む間もなく、足を払われ転倒する。その上で踏みつけられた。
「九十一!」
一本取った宣言と共に蹴り上げられ、強制的に立たされる。その衝撃で俺はフラフラとおぼつかない足でなんとか踏ん張ろうとする。ようやく立つ姿勢を保ったと思ったら次なる攻撃が来た。
「九十二!」
……
……
……
「……八!」
自分でも気付かないうちに意識がなくなっていたようだ。しかもカウントは続いているので、傍目から見てもそうなっているとは思われていないようだ。
『……勝利は目前だ……。』
とうとう幻聴が聞こえ始めたのか? 誰なんだ? 勝利は目前? 声の主は俺の味方じゃないらしい。俺の敗北は目前だ。
『……言っとくが、“お前”の勝利が、だぞ。』
何を言っているんだ? 今の俺に勝てる要素なんてどこにあるんだ? 訳がわからない。
『……“今”の状態がその片鱗だ。意識が“世界”と繋がり始めている。』
世界? 意識? ますますわからない。それが何と関係があるんだ? これはあの世からの呼び声なのか?
「あと二つ! もはや貴様は死んでいるも同然! 遠慮無く勝利させてもらう! これで九十九本目だ。」
俺は意識を失った。




