魔術師、辿り着く。
「なんだ、これは?」
ファルは目の前の光景に驚愕した。ロアとヴァル・ムングの捜索途中で突然地形が変化したのだ。
「いったい、どういうこと?」
当然のことながら、ジュリアも困惑していた。突然異常事態が起きたのだ。
「とにかく、何が起こったのか調べるんだ。ヴァルのやつが何かしたのかもしれない。」
確信は持てないが、可能性はある。他に有力な手がかりはない以上、念のため調べてみるしかない。景色が変化した辺りへと、二人は足を進めた。進むうちに次第に、山の岸壁に沿って住居らしきものが見えてきた。そして、何やら戦いの喧騒らしきものが二人の耳に入ってきた。竜の雄叫びと悲鳴だろうか。住居がある場所には不釣り合いな怪物の声が聞こえるのである。
「こんなところに村なんてあったっけ?それに結構、人も多そうだし。」
パッと見ただけで住居は思ったよりも数がありそうだった。少なくとも、竜帝の討伐隊が拠点にしていた村よりは大きいかもしれない。
「まさかとは思うが、これは伝説の竜の隠れ里かもしれんな。」
「うそでしょ?あのおとぎ話に出てくる?」
ファルは無言で頷いた。ジュリアはおとぎ話程度の知識しかないようだが、魔術師たる彼は古今東西、様々な知識に精通している。竜族について記された書物はいくらでも存在しているので、彼はしょっちゅう目にしていた。今回の任務に赴く前にも資料に目を通してきたのだ。その中に竜族の隠れ里についての記載はあった。
「何も不思議な話ではないさ。あの竜帝がいたぐらいなんだ。近くに隠れ里が存在していてもおかしくはない。おそらく、幻術や結界で隠しきっていたんだろうな。こんな規模の集落を隠すんだからな。相当、高度な魔術でないと不可能だ。」
魔術の専門家である彼でさえ舌を巻く程の高度な魔術が使われているのだ。竜族の力は計り知れない。
「なんだか、現実味がなさすぎて、信じられないんですけど。」
彼女がそう言うのも無理はなかった。あまりにも途方もない手段で隠されていたのだから。二人は話ながらも、喧騒のする方向へと向かった。すると、数体の竜が広場にいるのが見えてきた。
「ん~!前言撤回!」
信じられないとは言っていても、実際目にしてしまうと信じないわけにもいかなくなった。竜の群れは何かと戦っているようだった。中には傷ついた者、絶命した者等様々だった。大勢いるが決して決して優勢とは言い難かった。
「竜を相手にここまで出来るのは、やつしかいない!やっぱり、やつはここにいるんだ。」
ファルはこの光景を目の当たりして、そう結論付けた。しばらく様子を見ていると、竜たちに取り囲まれるような形で戦っているヴァルの姿が見えてきた。このような状況下でも、余裕の表情を浮かべている。
「ほう。貴様らもやってきたか。私に就く気になったかね?」
ヴァルは二人がやって来たことに気が付いた。それに合わせて、竜たちも一斉にふたりのほうへと顔を向ける。
「何をバカなことを!アンタは絶対、あたし達が倒す!」
ヴァルの一言に腹を立てたジュリアが殺気立つ。いつの間にか戦槌を抜き、構えをとっている。その姿を見たファルも合わせて身構える。
《あなた方は勇者様のお仲間のクルセイダーズか?》
竜族の中の一体が思念波で二人に話しかける。勇者に対して言及しているところをみると、何か事情は知っているようだ。
「そやつらも勇者を探しているはずだ。そろそろ、居場所を白状してはどうだ?そうでなければ、貴様らは全滅するぞ?」
《黙れ!》
竜族は激昂している。多くの仲間の命を奪われたのだから無理もないだろう。それにしても、ヴァルの言動からすると、まだ、彼も勇者を見つけていないようである。竜族が匿ってくれているのだろうか。
「くわしい事情はわからないが、あとは俺たちに任せてくれ。」
《しかし!》
ファルの申し出に反対しようとしている。誇り高い竜族が人間やエルフ族に守られるというのには耐えられないのかもしれない。しかし、今のあの男に対してだけは引き下がって欲しいと感じざるを得なかった。
「下がった方がいい。あいつには魔剣があるんだ。如何に竜族といっても、あの剣の相手をするのは危険すぎる。」
「ふはは、竜族とあろう者が、エルフや人間風情に守られるとはな。これは傑作だ!」
ヴァルは大袈裟に笑い飛ばす。明らかに竜族を煽っている。
「挑発に乗ってはいけない。心苦しいだろうが、引き下がってくれ。」
ファルは竜族をなだめつつ、風刃の剣を形成していった。
「あんたたちの無念は必ず晴らして見せる!」
そのまま、ファルは切りかかっていった。
「無駄だ!誰であろうと、この私を止めることはできん。」
魔剣でファルの攻撃を易々と受け止める。
「たしか貴様はそうとうな武闘派だそうだな。魔術師でありながら、前線にしゃしゃり出てくるのはどうやら本当のようだな。」
ヴァルは受け止めたまま、後ろへと押し返す。
「魔術師は大人しく、後方で小細工でも企てておればよいのだ。」
魔術師の存在そのものを揶揄するかのように言った。この男は基本的に自分以外を見下している。自分に敵うもの等いないと言っているかのようだった。
「生憎、黙って見ているのは性分に合わなくてな。ついつい、手が出てしまうんだ。」
その間にヴァルの体のあちこちから、血が流れ始めた。全身に小さな切り傷ができていたのである。先程の攻撃は受け止められてはいたが、風刃の剣から生じた鎌鼬をヴァルが気がつかないうちに無数の傷を付けていたのだ。
「俺のヴォルテクス・ソードと切り結んだら、たとえ防いだとしても、ただでは済まん。並みの相手ならとっくにバラバラになってしまうぜ?」
「フン!魔術師ごときが小賢しい。」
物ともしていない。そればかりか、身体中の傷が何事もなかったかのように元に戻っていく。尋常ではない再生力だった。
「ドラゴン・スケイルを貫くとは大したものだが、これしきの傷など、ドラゴン・フレッシュの力をもってすれば、どうと言うことはない。」
上位の竜族は尋常ならざる再生能力をもつという。それをドラゴン・フレッシュという。それ故、竜は不死の象徴ともされている。竜帝の力を取り込んだヴァルには造作もないことだった。ドラゴン・スケイルと合わされば、傷を付けるのは相当に困難といえた。
「じゃあ、いっそのこと、首でも落としちまうのはどうかな?いったいどこまで不死身なのか、気になるぜ。」
「やれるものならば、やって見せてもらおうではないか!」
売り言葉に買い言葉。まさに言葉の上でも二人は戦っていた。
「じゃあ、こういうのはどう?頭を粉砕してしまうのはどうかしら?」
二人の横から急に現れた、粉砕の戦姫は戦槌をヴァルに向かって振り下ろした。
「その意気だ!そうでなくては、私を倒すのは夢のまた夢だぞ。」
ヴァルは彼女が向かって来た方向に向き直ることもなく、涼しい顔で攻撃を受け止めていた。しかも、素手である。
「必ず、いい夢見させてやるよ!覚悟しろ。」
再びファルも斬りかかっていった。