千の技を持つ男
「言っておくが、例え二人がかりで私に挑んでおったとしても、貴様らに勝ち目はなかった。」
「一体、何が言いたい?」
確かにそうなのかもしれない。我々二人同時に戦いを挑んでも負けていたかもしれない。だが、今は違う。それをこの男にわからせなければならない。
「二人同時に相手にしていれば、貴様らの見せ場がなくなっていたであろう。長引けば長引くほど、私が不利になるからな。一瞬で仕留めていたであろう。敢えて一対一を了承したのはそのためだ。貴様らはこの大会での実績があるのだろう?貴様らの誇りを尊重してやったのだよ。」
「フッ、そういうことか。」
我らの見せ場か。随分と見くびられたものだ。とはいえ、ある意味我らの実力を評価しているようにもとれる。それに自身が高齢であることもわきまえているようだ。
「勘違いしているようだが、私はそう易々とやられるつもりはない。私とジェイ二人を同時に相手にするつもりで戦うことをお勧めする!」
「ほう、以外と吠えるではないか!」
「私はジェイの無念も背負っている!思いの力によって普段の私以上の力を引き出しているのだ!」
この言葉を開戦の合図として、私は果敢に斬りかかっていった。だがやはり、容易に躱される。こちらとしては一回でも当たれば致命傷を与えるほどの攻撃を繰り出してはいるが、このザマだ。
「良いぞ、良いぞ!この前とは見違えるほどの闘志だ。その調子で来い!私を楽しませてみせろ!」
東西文化は違えど、強者と出会える喜びは共通しているらしい。ならば、その期待に応えてみせよう!
「スクリュウ・ガスト!」
高速の回転を加えた高速の突きだ。普段は人外の化け物相手に使うこの技だが、今はそうも言ってはいられない。この男からはデーモン以上の脅威を感じるからだ。
「むっ!?」
躱された。しかし、頬に血が一筋走っている。掠めることは出来たようだ。ならば遠慮せずに行く!
「今一度、スクリュウ・ガスト!」
これも躱された。だが果敢にアタックだ!攻めの手は止めない!
「中々、殺意が籠もった技だな。気に入った。だが……、」
私は構わず、同じ技を繰り出す。そのとき、相手は意外な行動を取った。このタイミングで私との間合いを詰めたのだ。剣を持った私の手首を脇で固め、空いた手を私の胸の前に差し出した。
「一0八計が一つ、開門推手!」
(ズドン!!!)
気が付けば、私は後方へと吹き飛ばされていた。同時に胸部に痛みを感じた。鎧を着けた身の上でもだ!しかも、剣を持つ手さえ、あの瞬間、極められていた。間接まで外されたわけではないが、損傷を与えられている。
「技を受けて立っているだけでも大したものだ。倒れなかったとはいえ、貴様の心の内に、ある疑問が生じておるであろう?」
「……!?」
「鎧に傷一つ付けずに、中の肉体だけに衝撃を浸透させた。そのことを不思議に感じておるのではないか?」
見透かされている。とはいえ当然か。これは相手の心理戦術なのだろう。動揺を誘い、隙を生じさせる。体術のみならず、このような手段にも長けているとは、油断ならない男だ。
「不可能を可能にする、それが我が流派の極意よ。浸透勁……別名、鎧通しとも呼ぶ。武具など我が拳覇の奥義の前では無力。」
鎧通し……噂では耳にしたことはあったが、実際目の当たりにすることになろうとは!魔術に近い技術とさえ思ってはいたが、全く違う。体術次第で、このような芸当が出来るとはな。
「徒手空拳では武器を持つ者には敵わぬと思っているのではないか?だが実情は違う。武器を用いれば、その特性に頼るあまり、返って技の幅を狭める羽目になる。徒手空拳であれば、両の手、足が凶器と化し、打撃のみならず、関節技、投げ技、絞め技等手段は豊富となる。これは千もの武器を同時に持つことに等しい。それ故、我が流派の中で、頂点に立つのが“拳覇”なのだ!!」
武器を持つことで、武器その物の特性を生かすための使い方を強いられる。特に突き技を得意とする私はそのジレンマに陥っていると言える。相手側から見れば対処は容易いというわけか。ならば……。
(ガシャン、ガラン、ガシャン!)
「おおーっと、どうしたことでしょう!エドワード選手、鎧を突然脱ぎ始めました!」
「鎧はいらぬと申すか?良い覚悟だ!」
「貴公が相手ならば、鎧は不要だと判断した。それに私の覚悟がまだ不十分と感じたからだ。」
そうだ。まだ私は鎧に甘えていたのだ。決死の覚悟が足りなかった。今の私には騎士の誇りを脱ぎ捨ててでも、勝ち取りたい物があるのだ。




