蟻地獄ホールド
「エド、一つお願いがあるのニャ。」
「どうした?」
試合は開始したが、ジェイは何か頼み事があるようだ。幸い相手側は構えずに余裕の表情で佇んでいる。どんな話であっても差し当たり問題は無さそうだが……。
「しばらく、あの人とジェイ一人で戦わせて欲しいのニャ。」
「……フム、一人で戦うというのか?」
若い頃からの付き合いがあるためジェイの性格は良く知っている。強き者を見つけると、挑戦してみたくなるのは私も同様だ。あの男を見て、やはり戦士として血が騒ぐのだろう。
「いいだろう。しかし、生半可な相手ではない。敵わぬと判断すれば、二人で戦う事も辞さないと思っておいてくれ。」
「ありがとうニャ!」
ジェイが構えをとる。その様子を見て相手も不敵な笑いを顔に浮かべた。こちらの方針に受けて立つ、といったところか?
「……シャッ!」
ジェイの怒濤の攻めが始まった。初めから全力で挑むつもりのようだ。だが、逆にそうしなければ、勝てない事にも気付いているのだろう。私も同じ立場ならそうする。
「ふむ、悪くはない。」
ジェイの怒濤の攻撃、連撃を物ともせず、値踏みするかのように、あの男は全てを最低限の動作で躱している。しかも、最初の位置から全く動いていなかった。何という体捌きだ!あれほど巧みな物は今まで見たことがない。
「力、速さも申し分ない。」
その時、ジェイがついに相手の腕を捉えた。あれは……奴が強敵にしか使わない関節技だ。打撃に専念すると見せかけ、不意を狙って関節を取りに来るのだ。私自信も何度かその脅威に晒されたことがある。
「だが、精度が甘い。」
ジェイが優位に立っていたはずだ。そのはずが……、逆にジェイの腕が取られていた。何が起きたのか理解できない。
「惜しいな。恵まれた能力を持ちながら、それを充分に引き出せておらぬ。」
(バキャ!)
嫌な音が響く。関節が見事に極められ、ジェイは片腕の肘から先をぶら下げた状態になってしまっている。
「ぐうう……!」
(ゴキン!)
ジェイは外れた関節を自力で元に戻した。直したとはいえ、ダメージを受けている。肘を痛めたことに変わりない。
「ふむ、応急処置は心得ているようだな。だが、そんなことでいつまで保つかな?」
「いつまででも戦うつもりニャ。この体が動く限りは!」
「心意気やよし!だが、戦いは魂だけでは勝つことは出来ぬぞ!」
ジェイは果敢にアタックを仕掛ける。相変わらず直立不動で余裕を崩さない相手に向かっていった。ジェイが相手の手前に到達すると両肩を掴んだ。そのまま、両足を上げ、相手の両肩に倒立し、前転する要領で相手の背後に立った。互いに背中合わせで立つ形になった。
「ムッ、これは……!?」
このムーブは見たことがある。ジェイの決め手の一つともなっている、あの大技だ!ジェイは背中合わせのまま、相手の背中に飛び乗り両足を内側から引っかける。相手の両手も背中の方向まで持ち上げ、固める。間違いなく、あの技だ!
「おおおおーっと!出ました!ジェイ選手の大技、ジェイ・ロック・スペシャルが炸裂しましたぁ!!この技で倒れていった戦士は数知れず、脱出不可能な必殺技と恐れられています!」
フ、脱出不可能な技か。私だけは唯一脱出に成功した人間なのだがな。とはいえ完璧な技だ。私は運良く不意をついて脱出出来ただけだ。初見で脱出は困難なはず。しかも、私と対決した時よりもホールドの精度は上がっている。これは決まったかもしれんな!




