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勇者、困惑。

「……ん、どこだここは?」


 ロアは目覚めた。ものすごく嫌な夢を見ていたような気がする。それが何だったのかは思い出せない。それよりも、何故この場所にいるのかが理解できない。一体、自分は今まで何をしていたのか?


 まわりを見回してみても、見覚えのない場所である。屋内にいるのは確かなのだが、建物のなかとは言いがたかった。壁などが明らかに岩そのものだった。洞窟のなか……、というには余りにもきれいであり自然に出来たようには見えなかった。実際、ロアが今まで寝ていた寝床も岩をくりぬいて作られたかのようだった。明らかに人の手が入っている。人工物にしか見えなかった。


「おお!目覚めたようじゃな!」


 ロアが今の状況に戸惑っていたところで、若い女性の声がした。そのわりには何か言い回しが古めかしい感じがした。ロアは声のする方向、部屋の入り口へと顔を向けた。そこには一人の少女がいた。長い黒髪が美しい少女だった。服装も少し変わっていて、民族衣装だろうか?何か浮世離れしたような格好をしている。


「気分はどうじゃ?……そなた、大分うなされておったようじゃが、傷はまだ痛むか?」


 ロアは言われてハッとなった。慌てて右肩を見る。傷口には包帯が巻かれ、丁寧な処置が施されていた。かなり深く切られたはずだが、不思議と痛みはなかった。


「君がやってくれたのか?」


「そうじゃ。倒れているそなたを見つけたのも、妾じゃ。」


 相変わらず古くさい言い回しで、得意気に答える。美しく品のある顔立ちでそのように言うのだから、ギャップが半端ではなかった。


「深い傷ではあったが、辛うじて、致命傷は免れておった。それに高いところから落ちてきたようじゃが、奇跡的にかすり傷程度で済んでおった。そなたは運が良い。」


 まだ記憶が曖昧だが、切られたときに足元が崩れて落ちたような気がする。


「そなた……、ヴァル・ムングと戦っていたのであろう?」


 ヴァル・ムング!思い出した。その名を聞いてはっきりと思い出した。しかし、目の前の少女からその名を聞くとは思ってもいなかったのだが。


「そうだ!あいつはどうなったんだ?それにファルとジュリアはどうしたんだ?一体何処にいるんだ?」


 堰を切ったように、捲し立てた。なぜ、今まで自分はそんな大切なことを忘れていたのか?忘れていた自分自身を責めているかのようだった。


「落ち着くがよい。慌てたところでどうにもならぬであろう。」


 落ち着いてはいられなかった。とにかく、あの二人の安否が気掛かりだった。自分がヴァルを倒せなかったせいで、二人を危険にさらすことになってしまったのだから。


「早く行かないと!二人が危ない!」


 ロアは立ち上がった。しかし、右肩がズキリと痛む。


「無理をするではない。そんな状態で何をするつもりじゃ?仲間を助けにいくどころか、足手まといになるだけじゃ。」


 手負いの体で、気のはやるロアを目の前の少女はなんとかなだめようとする。


「よいか?今は傷を直すことに専念するのじゃ。」


「……わかった。言う通りにする。」


 ロアは渋々承諾した。そうするしかなかった。相手が自分より遥かに強いという事実を目の当たりにしたことを思い出したのだ。しかし、思い出したのはよいが……、


「そういえば、なんで、君がヴァル・ムングを知っているんだ?」


 名前ぐらいは知っている可能性はある。あの男は竜食いの英雄として広く名は知れ渡っている。それだけでは説明がつかない部分がある。何故戦っていた相手がヴァルだとわかったのか?


「それはじゃな、その、なんじゃ、そなたの記憶を覗かせてもらったのじゃ。」


 まるで悪戯でもしたかのように、わざとらしく、ロアから目を逸らそうとしている。実際、本当なのだとしたら、本人の許可なく行ったことに対して罪悪感を感じているのだろう。


「記憶を覗くって、そんなことできんの?」


 ロア自身、これまで信じがたい不思議な体験をしてきていた。しかもこの2、3日の間でだ。もうここまでこれば、何が起きても不思議ではない。とはいえ、その方法は気になった。


「できるのじゃよ。妾ほどの者ともなれば、そんなこと造作もないわ。」


 自信満々に答える。この少女はどことなく自尊心の高さをうかがわせる。人の記憶を覗き見るという大それたことをやっているというのに、容易であると言ってのける。


「まあ、それはそうとして……、まだ君の名前を聞いてないんだが?俺の名前は……、あ、そうか、頭の中を覗いたんならわかるか。俺は、ロアだ。」


 ロアの一言に、少女は背けていた顔をロアのほうに向けた。


「そうじゃな。名を名乗ってはおらんかったな。妾の名はサ=ヨ=ギーネじゃ。とくと覚えておくがよい。」


 何か、非常に変わった名前で、しかも覚えにくそうな名前だとロアは思った。


「フルネームで呼ぶのは面倒じゃろうから、サヨとでも呼ぶがよい。」


「……ん、まあ、わかった。」


 彼女のことをどう呼ぶか、迷っていたところに、本人から提案があった。サヨちゃん、と呼ぼうと考えていたが、こんなことを言い出そうものなら、どうなるかわからない。本当によかった。


「そして、妾は……、」


「サヨ様、勇者どのがお目覚めになられたのですか?」


 彼女が何か言いかけたところで、入り口から一人の男性が入ってきた。服装はサヨと似かよった部分があるので、同じ集落の人だろうか。それにサヨを様付けで呼んでいる。


「おお、そうじゃ。意識が戻ったぞ。」


「早速で、申し訳ありませんが、あの男の動向がつかめました。」


 部屋のなかに緊張が走る。あの男とはまさか……。


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